≪序曲≫
「ツナ、結婚するぞ」
毎度のことながら、アポナシでボンゴレ・ボス執務室を強襲した家庭教師は、開口一番、とてもイイ笑顔でそう宣(のたま)った。
「は?」
書類の山から顔をあげたツナヨシの眉間に銃口をつきつけ、理解の遅い生徒にため息をつきながらも、再度、先生は宣う。
曰く、「結婚する」と。
「誰が?誰と?」
「オレが、お前と、だぞ」
そう言って、にっこりと極上の笑みを浮かべたリボーンは、とても見目麗しい。中身を知らなければ、その甘い笑みに、うっとりと見とれてしまうことだろう。
――――充分すぎるほど知っている自分はそれどころではなかったが。
チキチキと激務で摩耗した頭が動き出す。
そして、その言葉の意味を理解し、彼の満面の笑みから、冗談ではないことを察したツナヨシは、自らの『血の導き』に従い、即座に行動を開始した。
すなわち、「いやだーーーー」と拒絶の叫び声をあげながら、死ぬ気でこの『歩く不条理』からの逃亡を開始したのだった。
がたんとイスから立ち上がり、背後の窓から脱出、バルコニーから隣のバルコニーへ飛び移ること数回。ちょうど開いていた窓から再び屋敷内へ。廊下を駆け抜け、突き当たりの窓から勢いよくダイブ!
した先は、ドンピシャで玄関ホールの車寄せだ。
スタッと地面に着地。運良く止まっていた黒塗りの高級車を見つけると、死ぬ気の逃亡者はなりふり構わず飛び乗って叫んだ。
「出して!出して!出して!今すぐゴー!ゴー!ゴー!」
ツナヨシの剣幕に押されたのか、運転手は一拍の微妙な間の後、アクセルを全開。
後輪をきしませながら、急発進、急加速する黒塗りの高級車。
その様子を屋敷の窓からリボーンは眺めていた。口元には余裕の笑みが浮かぶ。
「いいぜ、逃げてみろよ。逃げ切れるものならな」
ニヤリと、ツナヨシが彼の表情を見たならば瞬時に凍りつくであろう、狩人(ハンター)の笑みを浮かべ、彼は踵を返して歩き出す。
その足取りは軽く、かすかなハミングを口ずさむ。まるで行楽に行くかのように楽しげだ。
途中、訓練の打ち合わせに珍しくボンゴレ本邸を訪れていた『運転手』を確保して、彼は『追跡』もとい『狩り』を開始するために、車庫へと向かったのだった。
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