ガラス越しに遠ざかっていくボンゴレ本邸(こここそが、ツナヨシにとって最も安全な場所のはずなのだが・・・)を見て、ようやく一息つくツナに、車の主の呆れた声がかかった。
「で、何やってんだ?てめーは」
「ザンザス!なんでここに」
「う゛ぉぉぉい、知らずに乗り込んできたのか?
こりゃヴァリアーの車だぜ」
「スクアーロ!」
落ち着いて車内を見ると、運転席には見知った銀髪。そして、後部座席にはドデン!とふんぞりかえるように座るザンザス。
どうやら、自分は彼のすぐ隣に飛び込んだようだった。
ザンザスはおもむろに長い足を組みかえると、多分に呆れを含んだ声で再度問いかける。
「まったく、何考えてんだてめーは」
間近にザンザスの紅い瞳に見つめられ、ツナヨシの心音が跳ね上がる。
かつては恐怖の対象でしかなかった、その紅い瞳に、いつからか別の感情が芽生えている。彼の瞳に見つめられるたびに、何故か鼓動が早くなる。
闘いとは違う種類の緊張?なんだろうこの心を揺らすモノは?
だが、とっさに浮き上がってきた感情をツナヨシは即座に封印する。
触れてはいけないものだと超直感が告げているからだ。
突如、首をフルフルと振るツナヨシを、ザンザスは珍獣を観察するかのように眺めている。
「あはは・・・」
彼の視線に気づいき、愛想笑いで誤魔化すツナヨシだったが。
「あぁ?なんだ、そりゃ」
いまいちお気に召さなかったのだろう。
瞬時にザンザスの纏う空気が怒りに満ちる。
「いや、待って!落ち着いてザンザス!」
車内の温度変化を察し、スクアーロもあわててフォローに入る。
「う゛ぉぉぉい、ボス!走行中だぜ」
「ちっ!」
車内で憤怒の炎なんぞをぶちかましたら、車は即座にスクラップ行き決定だ。さしものザンザスも「歩いて帰る」などは面倒だったのだろう。しぶしぶ炎をおさめたが、怒りの矛先は運転手に向いたようだ。
彼は長い足を駆使して、ドカッと運転座席の背面を蹴りつける。この程度の八つ当たりなどは日常茶飯事となっているスクアーロはあきらめとともに受け入れた。
同じく家庭教師から『授業』という名の、無茶ぶりをうけているツナヨシはなにやら他人事とは思えず、生暖かい視線をスクアーロに向けた。
――――あらためて、自分がどこに飛び込んだのか把握したツナヨシだった。
そのスクアーロは、先ほどからバックミラーで後部座席をチラチラと視認している。まるで危険物や、混ぜるな危険と表示された化学薬品の安全を確認しているかのような視線だ。
(ああ、そっか・・・)
ボンゴレボスである自分とザンザスとは、かつてボスの座をかけて争った間柄だ。いちおうの決着はついたとはいえ、ボス候補であった二人が並んでいれば、周りはイロイロと杞憂もあるだろう。
どうやら、先ほど発進の際の奇妙な間は、スクアーロが車を出していいか判断に迷ったもののようだ。
(それもそうか・・・)とツナヨシは考える。
形ばかりはヴァリアーもボンゴレに所属しているが、彼らの主張する立ち位置は、あくまで『独立』暗殺部隊。ボンゴレボスであるツナヨシの依頼も聞きやしねー、気分が乗らない仕事はしやしねーの、オレ様部隊なのだった。まあ、ボスがザンザスである時点で、あらかたの諦めはついているのだが。
あえて反旗を翻すものではないものの、諸手をあげて看過するには躊躇われる、ボンゴレ内部においてヴァリアーはそんな微妙な立場にあるのだった。そのヴァリアーのボスの車が、連絡もナシにツナヨシを連れてボンゴレ本邸から急発進などすれば、『誘拐』や『反乱(クーデター)』ととられてもおかしくはない。
実際にはツナヨシの想像に反して、スクアーロが心配しているのは、彼女に絡む別の問題なのだが。その方面では鈍さの極地をいくツナには気付くはずもない。
なるほど、と勝手に納得したツナヨシは、運転席のスクアーロに頼む。
「ごめん、ごめん。リボーンに追われてて。
すぐ降りるから。適当な所で止めてくれる?」
「できるわけないだろうが!」
瞬殺で却下された。
自分としてはヴァリアーに疑惑の念が向かないよう配慮したつもりだったのだが。
しかし、よくよく考えてみると、仮にもボンゴレボスを本邸から連れだし、護衛もないまま捨て去ったとなれば、それこそ問題だ。再度、なるほど、と納得したツナヨシは
「ええと、それならヴァリアーのアジトまで乗せてってもらおうかな。その後は獄寺くんに回収を頼むから」
「おい、その前にアルコバレーノに追われてるワケを話せ」
恐怖の家庭教師に追われている理由を思い出し、イタリア屈指の勢力を誇るマフィアのボスは乾いた笑いとともに答えた。
「はは、毎度のことなんだけど。
リボーンが無茶を言ってきて、逃げてきました」
「「なんだそりゃ?」」
おきまりすぎて話にもならない。ボンゴレ本部の日常風景だ。
呆れながらもスクアーロは重ねて尋ねる。
「で、今回の『無理難題』は何だったんだぁ?」
「あはは、それがさ、リボーンが結婚するって言うんだよ」
「「あ?」」
「だから、リボーンが、わたしと、結婚するって」
とたん、スクアーロは急ハンドルを切り、車は反対車線へ。
突然の侵入者に対向車からはクラクションの嵐。
「スクアーロ!」
ツナヨシの悲鳴にスクアーロは強引に対向車をパスすると、元の車線に車をもどす。
「うう、死ぬかと思った・・・」
突然の手荒な運転にツナヨシの心臓が飛び跳ねる。
しかし死の危険はまだ終わっていなかった。先ほどから車内温度は急激に上昇している。その原因である人間発熱器がツナヨシの隣で、不機嫌極まりないオーラを発している。
「・・・アルコバレーノが、かっ消す」
地獄の使いのような声で、抹殺を宣言するザンザス。
「ひぃ!」
久々に見るブチ切れたザンザスに、怯えるツナヨシはジリジリと車内のなるべく隅に避難する。無理もない。ブチ切れたボスはスクアーロの目からみても怖かった。
そんなツナヨシに運転席からスクアーロが再度確認する。
「う゛ぉぉぉい、そりゃ、その、本気なのか?」
「いや、だってリボーンだよ?」
―――そう、すべてはその一言に尽きるのだった。
リボーンが「結婚する」と言ったからには、それはもう確定事項だ。
「結婚してください」とか「結婚しよう?」といった、恋人同士の『甘い意志の確認』などは、もう求めるだけで無駄なのだ。
なにせ、彼はアルコバレーノ、歩く『不条理』なのだから。
長年にわたる彼の教育の賜で、たいていの無理難題ならばしぶしぶ諦め受け入れるツナヨシだったが、今回ばかりはさすがに諦めるわけにはいかなかった。
現状ですら半ば強制的にリボーンの所有物化している身である。それが結婚などという『契約』で結ばれた日には・・・・
「ムリムリムリムリムリムリムリ!リボーンと結婚なんかした日には、亭主関白どころじゃないよ!奴隷制復活だよ!専制君主制だよ!」
地獄の新婚生活を想像したのか、サァーと青くなるツナヨシ。
そんなツナヨシを眺め、ふと、むかつく薄笑いを浮かべるアルコバレーノに、おもしろい意趣返しを思いついたザンザスはニヤリと嗤うとツナヨシに囁く。
「そんなにイヤなら、いい方法があるぜ?」
「えっ!なになに」
藁にもすがる思いでザンザスに飛びつくツナヨシに、ザンザスは不敵な笑みをうかべて、こう宣った。
「先に結婚しちまえばいい」
「は?」
なるほど、イタリアはカトリックの国。重婚は禁忌である。ならば先に結婚するのも一つの手段だ。
――――しかし、一体、誰と?
ツナヨシの疑問を晴らすかのように、ザンザスが彼女を抱き寄せる。
「安心しろ、一生添い遂げてやる」
「いやーーーー」
ここにも暴君がいた。
嫌がるツナヨシを無視し、ザンザスはいそいそと携帯電話をとりだすと、指示を出し始める。
「・・・ルッスーリアか、いますぐ婚礼衣装と指輪、それから神父を用意しとけ。あ?サイズ?ボンゴレ本部にデータあるだろ、マーモンに調べさせろ・・・」
「う゛ぉぉぉぉい、マジかよ。ボス・・・」
頭を抱えるスクアーロに暴君が無茶ぶりを発揮する。
「うるせーカス鮫が、五分でアジトに着かねぇなら、かっ消す」
「無理に決まってるだろうがぁ!どんだけ距離があると思ってる!それにそいつに手をだしゃ、守護者どもが黙ってないぜ」
「ちっ、カスどもが。うぜー」
「そうだよ!ザンザス、早まるな」
青い顔でコクコクとうなずくツナヨシを、じっと見つめる。
血のような紅い瞳で凝視されている方は気が気でない。まるで大型肉食獣の前に、差し出されたエサの気分だった。
ジッとツナヨシを凝視したザンザスはぼそりと呟く。
「・・・既成事実もつくっとくか」
「って、何言ってんの!ひぃぃぃ」
抗議の声を無視し、ザンザスはツナヨシに覆い被さる。
ザンザスの吐息が耳朶にかかる。
「ツナヨシ」と囁く低い声は、思いの外、甘く。
思わずびくっと震える体をザンザスはいとも簡単に組み伏せる。
硬い胸板とシートに挟まれ、両腕はザンザスの片手に拘束される。まるで手枷をはめられたかのように、びくともしない。
近づいてくるザンザスの顔を避けようと顔を背けると、あらわになった首筋を彼の唇が蹂躙する。いつもは冷酷な言葉を発する唇は、驚くほど熱く。
まるで炎で烙印を押されたかのように、ピリピリと肌を刺激する。
「ふっ・・・や、やだ」
ツナヨシの反応に気をよくしたザンザスは、さらに悪戯を加速させる。首筋にゆっくりと舌をはわせると、突然、がぶりと噛みついた。
「んぎゃ!」
肉食獣の甘噛みのつもりなのだろうが、場所が場所。頸動脈を押さえられ、ツナは固まった。ザンザスは、くくくと笑うと、トクトクと脈打つ血を舌先で堪能する。
痛みと驚愕に目を見開き、震えるツナだったが、脇腹をなでる不埒な手に気付くと、じたばたと抵抗を再開した。
「ふぎゃ、手!この手は何!何するつもり!」
「あぁ?オレのガキでも孕めばあいつらも諦めるだろ?」
「こどっ、バカ!いやだ!離せ!ばかぁ」
「うるせーな」
ツナヨシの抵抗を毛ほども気にせず、彼はシャツの裾を引きだす。シャツの内側にごつい男の手が潜り込んでくる。
「ツナヨシ・・・」
わき腹からゆるやかな曲線をなであげられるわ、耳たぶに噛み付かれるわ、吐息とともに名前を囁かれるわで、ツナヨシの体を電流が駆け抜ける。
思考回路はショート寸前。げ、限界だ。
「いやーーーー助けてーーーー」
―――ツナの叫びを聞きつけたわけではないだろうが、救いの手はすぐ背後に迫っていた。
Back Home Next