――――金の林檎を

『え、何?』
闇の中。ただその言葉だけが、淡い光を放つ。
かすかな声に耳を傾けると。

――――お願い。金の林檎を探して。金の林檎を      に。

声の残滓に、ツナヨシを包み込む闇がふわりと揺らめく。
あっと思った時にはすでに遅く、わずかな余韻を残して声は闇に溶けて消えた。




Fantasia di aureo mela#01
金の林檎の幻想曲






ハッと目をさませば、そこはどこかの森の木立のなかで。
頬をなで、吹き抜ける風には、緑とかすかに花の甘い香り。
地面を踏みしめる感触に、足下を見下ろせば見慣れた革のブーツ。そのまま視線をあげていくと、動きやすいこげ茶のパンツにベルト、シャツとベストを身につけ、その上から肩からくるぶしまで届くほどのマントを羽織っている。
どこからどう見ても、これといって特徴のない、村の青年そのものだ。
(あれ?オレ、なんでこんな所にいるんだろ・・・)
白昼夢から覚めたかのように、ぼんやりとサワダツナヨシは考える。
(さっきの声も、オレの気のせいだったのかな・・・)
けれど、それにしてはやけにはっきりと、あの声はツナヨシの脳裏に刻みつけられた。
いいや、夢でも気のせいでもない。ツナヨシは確信する。
確かに聞いたのだ―――――『金の林檎』と。
そう呼びかけた声は、まぎれもなく自分のもので。
だからこそ、ツナヨシは混乱する。
『金の林檎』など知らない。見たことも、聞いたこともないのだから。

困惑と戸惑いにいまだぼーっと立ちつくすツナヨシに、極限に明るい、もとい脳天気な声がかけられた。
「どうした、サワダ。先に行かんのか?」
「え?」
声に顔をあげるツナヨシに、続いて可憐な女性と元気すぎる子どもの声。
「ボス、どうしたの?」
「ぎゃははははーーー!ツナ、行かないの〜?行かないなら、オレっちが先に行くんだもんねーーー」
ツナヨシをのぞき込んでくる見知らぬ3つの顔に、彼は目をぱちくりさせた。
「えっと、いまオレ何してましたっけ?というか、あなた方はどちら様ですか?」
そのツナヨシの質問に、三人組はきょとんとした表情を浮かべた後、ズザッと背後に振り返り、顔を見合わせてヒソヒソと相談をはじめた。
「いったいどうしたのだ、サワダは?!何か悪いものでも拾い食いしたのではないか?」
「ううん。ボス、きっと寝ぼけてる」
「あららのら〜ツナってば、やっぱりダメツナなんだもんね〜」
何気にかなりヒドイ言われようだ。本人たちはヒソヒソと影で相談しているようだが、主に極限に噂話など似合わない(というかできない)人物のせいで、まったく影になっていない。すべて、まるっと、ばっちりツナヨシに筒抜けである。
「・・・あのさ、聞こえてるんだけど。とりあえず、オレの名前はサワダツナヨシであってるんだよね?」
「そうだぞ。オレの名は笹川了平、そしてこっちがクローム髑髏にランボだ」
そう名乗り出た笹川了平は、ツギハギだらけのシャツとズボンにサスペンダーベルトを身につけた、引き締まった体つきの青年だ。無造作に刈り込んだ芝生のようなボサボサ頭には、これまたズタボロに穴もあいた麦わら帽子をかぶっている。
よく日に焼けた肌と底抜けに明るい雰囲気は、畑に立っている案山子を連想させる。
「ツナはね〜ランボさんの子分なんだもんね」
「はぃい?」
などと、いきなりトンデモ発言をかましてくれるふざけた幼児は白と黒の牛柄全身タイツにブロッコリーのようなモサモサ頭、おまけに頭にはちぐはぐな角をつけた
―――まさしく牛だ。
「ランボ、嘘はダメ。ボスはボス」
「むっ、うるさいんだもんね!」
やんわりとランボを執りなしてくれた女性は、小柄な体に黒のミニワンピースと膝丈ブーツを身につけ、同じく黒のとんがり帽子を頭にかぶっている。そのスタイルも容姿も文句なしに美少女なのだが、彼女の片眼を覆う眼帯と、無表情で虚ろなアメジストの瞳が、どこかしら人形を思わせる。
――――なんて、ちぐはぐな3人組なんだろう。
けれど、それでいてどこか共通する雰囲気があるから、不思議だ。
「オレがボスって・・・」
「うむ。オレたちは旅の仲間なのだ」
「旅の仲間?ええっと、それでどこへ行くつもりだったの?」
「・・・永遠の楽園」
「永遠の楽園?」
「この道を極限に行った先に、この世の楽園と詠われる都があるのだ。なんでもそこにたどり着くことができれば、どんな願いも極限に叶えてくれる魔法使いが住んでいるのだぞ!」
「何でも叶うんだもんね!ランボさんはね〜、いーーーぱいのブドウをお願いするんだもんね。そんでもって、ブドウをいーーーぱい食べて、強くなって、最強のヒットマンになるんだもんね!」
「うむ、極限に燃える話だな!オレは脳をもらうのだ。この通りスカスカの藁でできた案山子だからな!これで知恵もつくだろう」
(・・・胡散臭い。というか、露骨にあやしすぎる)
いぶかしげに顔をしかめるツナヨシとは対照的に、二人はそれぞれのテンションで盛り上がっている。この中で最も話が通じそうなクロームに聞いてみることにした。
「あのさ、クロームも『お願い』しに行くの?」
「うん、わたしは心が欲しい」
小さな声で祈るように、そっと告げられた『願い』。
その『願い』に込められた切実な想いにツナヨシは瞑目する。
―――なら、それならば、オレにも『願い』があったのだろうか。こんな風に、祈るように、乞い願う何かが?
「どうした?行かんのか、サワダ」
「あ、行きます」
了平の声に、ツナヨシはあわてて足を進める。見れば了平たちはずいぶん道を先へと進み、ツナヨシを振り返り待っているようだ。
ともかくも、先に進まないことには――――何もわからないのだから。



かくして、ちぐはぐ4人組で旅することしばし。いくつもの山を越え川を渡り、何とか『永遠の楽園』と呼ばれる都にたどり着いたのだが。
「ここが、永遠の楽園?・・・はっきり言って廃墟じゃないですか」
都を見下ろす小高い丘に立ち、ツナヨシは呟いた。
眼下に見えるのは、延々と続く石造りの町並み。ただし、町は冷たく時を蓄積した雰囲気をまとい、人の気配などまったくありはしない。
「ううむ。そんなはずは」
「あらら〜のら〜間違ったんじゃないの〜」
「・・・ううん、ここ」
「え。知ってるの?クローム」
「わかる。こっち」
ぽつりと呟くと、クロームはすたすたと丘を下りていった。
「あ、ちょっと待って!」
迷いもなく足を進めるクロームを、慌ててツナヨシたちは追いかけた。

コツ、コツ、と時の彼方に埋もれた町をツナヨシたちは進んでいく。
あたりにはうっすらと霧がただよい、なんというか、非常によろしくない雰囲気である。
遠くにかすかに見えるのは、どうやら城のようだ。石造りの城壁に、いくつも立ち並ぶ尖塔が、霧の合間に見え隠れしている。その城にクロームは向かっているようだ。
「何やら薄気味悪い所だな」
「ラ、ランボさん、怖くなんかないんだもんね」
「ちょ、ランボくっつくなよ!歩きにくい・・・・にしても、なんか悪趣味」
そう呟くとツナヨシはあたりに乱立する石像に目をむける。
城の周辺には、囲むように無数の石像が乱立している。老若男女を問わずあらゆる人型の石像が置かれているのだが、それがこの上なく不気味なのだ。
数百の石像、しかも人型に囲まれているだけでも居心地が悪いのに、その石像ひとつひとつが独特の存在感と雰囲気を醸し出している。
笑っている石像はひとつもなく。かといって、『恐怖』や『苦痛』を浮かべているわけでもない。すべての石像が、なんというか『絶望』を浮かべているのだ。もっと直感的に表現するならば、「騙された!」と叫んでいるかのようだ。
「クフフフ、彼らはボクに永遠の命を願った者たちですよ」
「ひぃ!」
「ぎゃぴ!」
突如響いた声にツナヨシは跳び上がる。