Fantasia di aureo mela#01
金の林檎の幻想曲
「誰だ!」
気配をつかませぬ霧の中、声から位置を察した了平が拳をふるう。が、しかし手応えはなく、変わってツナヨシの背後から、ゆっくりと霧をひき裂いて一人の青年が現れた。
――――若い。そして何とも形容しがたい容貌だ。
いや、間違いなく美青年の部類に入るのだろう。バランスのとれた長身に黒のローブを隙なく着込み、手には独特な三叉槍。絹のような光沢を持つ黒髪(奇抜なカットが台無しにしているが)、そして特徴的な赤と青のオッドアイ。蠱惑的な瞳が微笑に揺れる。
「クフフ、ようこそ。サワダツナヨシ」
「え。なんでオレの名前を?」
「もちろん知っていますよ。ボクはキミを待っていたのですから」
そう言ってご機嫌に笑う青年にツナヨシは眉をしかめた。
―――――胡散臭い。その南国果実を連想させる髪型といい、ふざけた態度といい、はっきり言ってしまえば不審人物そのものである。雰囲気というか醸し出されるオーラというか、とにかくどこをとっても、『非常に信用ならない』と血が警告する。ジト目で青年を警戒しながらツナヨシは口をひらく。
「オレを待ってたって、どういうこと?オレ、キミの名前も知らないよ」
「おやおや、それは悲しいですね。ボクたちはあれほど激しくヤりあった仲なのに」
「んなぁ!」
いきなりのトンデモ発言にツナヨシは飛び上がる。クロームは相変わらず無表情にツナヨシたちのやりとりを眺めているが、その隣では了平が瞬時にランボの耳をふさぎにかかっている。子どもには聞かせたくない話ととられたようだ。ツナヨシも同感である。というか、話のみならず視界にすらいれたくない、極力関わりたくない存在だ。
「ちょ!いきなり何言ってんだ!」
「いいのです。サワダツナヨシ、忘れてしまったのなら仕方ありません。キミのカラダはすばらしいが、おつむの方はイマイチですからねぇ」
「なっ!」
「サワダ・・・いや、極限に何も言うまい」
「なに〜何?ランボさんぜ〜んぜん聞こえないんだもんね!了平、この手をどけるんだもんね!」
「ボス・・・」
「いやーーー!誤解しないでーーー!!」
「クフフ。ボクとサワダツナヨシの関係はご想像にお任せするとして。改めて、ボクの名は六道骸。この楽園に住む『魔法使い』です」
慌てふためくツナヨシをムクロは愉しげに眺めていたが、満足したのか名を告げると優雅に一礼してみせた。
「さて、はるばるここまで来たということは、何か叶えて欲しい『願い』があるのではないですか?」
どうも、遊ばれているようで気に入らないが、聞きたいことがあるのも事実だ。
「そ、その前に!さっき言ってた『永遠の命』ってどういうことだよ?」
「ああ、簡単な話です。彼らは愚かにもボクにこう願ったのです。『いつまでも老いることなくいたい。死にたくない』とね。だから、ボクは親切にもこうして石像にして、老いの憂鬱からも、死の恐怖からも、彼らを自由にして差し上げたのですよ」
「・・・それって、詐欺なんじゃ」
「何を言うのです!ちゃんとこうして永遠に存在しているではありませんか。それを詐欺とは。嗚呼。サワダツナヨシ、キミは何て恐ろしいんだ」
「オイ」
「まあいいでしょう。それで君たちの『願い』は何ですか?」
あっさりと一転するムクロの態度に、思わず「よくねぇよ!」とツッコミたい所だが、相手をすると喜ぶ。放っておくのが一番苦痛になるのだろう。
ツナヨシの予想通り、きれいにスルーされたムクロは少し残念そうな表情だが、かまってなどいられない。
「はいはいはーい!ランボさんはね、いーーっぱいのぶどう食べたいんだもんね」
「ふむ。ブドウですか」
「ちょ、ランボ!まだ信用できるかわかんないのに、何言ってんだよ!」
「・・・相変わらずヒドイ言いぐさですね。サワダツナヨシの疑いもあることですし、いいでしょう。それほどに好きならば・・・チチンプイプイロクドウリンネ!クフフのフ!!」
ムクロが非常に胡散臭い呪文を唱えると、ボフンと軽い爆発音。そして煙が晴れたそこには、山盛りのブドウが具現化していた。
「ぎゃはははは!やったもんね!いーーぱいのブドウだもんね!!ぜ〜んぶランボさんのものだもんね!」
さっそくブドウの山に飛び込んで、手当たり次第口に頬張るランボ。
「喜んでいただけて何よりです。どうです、サワダツナヨシ。これでボクの力を信じてもらえましたか?」
「や、これはこれですごいけどさ」
「ふむ、まだ満足いただけないと?」
「お前のことだから、何かオチがある気がして」
「そんなことは、ありませんよ。彼もこうして満足しているではありませんか。ただ、ブドウをすべて食べ終わるまで、他の物は一切口にできないだけです」
「・・・は?」
にっこりと無邪気に微笑むムクロだが。その背後では食べても食べてもいっこうに減る様子のないブドウの山に、ランボがおぼれかけていた。
「うっぷ。ラ、ランボさんもうブドウいらないんだもんね」
「いえ、それはできません。あなたは永遠にブドウを食べ続けるのです。『願い』通りに・・・」
「ぴぎゃーーーー!ガ・マ・ンーーーー」
悲鳴に山と積まれたブドウが崩れて、雪崩がランボを飲み込んだ。
「むごい・・・」
これが『願いを叶える』ということなら、それは『永遠に終わらない呪い』をかけられたも同じだろう。黙然とムクロの無茶ぶりをかみしめるツナヨシだった。
だというのに、
「うぉーーー!次はオレだ!」
「ちょっと了平さん!やめた方がいいですよ、絶対」
「止めるな、サワダ!男には極限に信じなければならない戦いがあるのだ」
(いや、それはそうかもしれないが。その相手は断じてムクロはないだろう)
無謀すぎる挑戦にツナヨシはもはや諦めというか脱力の境地に達しているが、かまわず了平は『願い』を口にする。
「ムクロとか言ったな、オレは極限に脳がほしいのだっ!」
あふれ出る気迫とともに拳をつきつけた了平に対して、ムクロはあっさりと頷いた。
「いいでしょう、あなたに相応しい脳を差し上げます。といっても、これでちょうどいいでしょうね」
そう言うと、ムクロは道ばたに落ちていたゴング(なぜ、こんな物が…)をひょいと掴みあげた。そしてまたしても適当な呪文を唱えると、ゴングを勢いよく了平の頭部へ叩きつけたのだ。
「ぐわっ!」
衝撃に吹き飛び、地面を二転三転した了平に慌てて駆け寄るツナヨシだったが。
「あわわ、大丈夫ですか?!了平さん」
「うぉおおお!(カンカンカーン)」
ガバッと起き上がった了平はそのまま、仁王立ちで拳を振り上げる。その姿にツナヨシは何か違う記憶が浮かびかけるが。
「極っ限!!(カーン)どうだ(カーン)、サワダ!(カンカーン)知恵はついているかっ!(カンカンカーン)」
「あ、えーっと・・・」
非常に言いにくい話だが、以前とあまり、というかまったく変わっていない。相変わらず極限、ド・ピーカンなままだ。さらに動くたびに頭部からカーンカーンと音がするというのも、非常にやかましいし、マヌケである。
「まあ、元が元だけにこんなものでしょうね」
「了平さん・・・」
知恵をつけるはずが、この結果。そこはかとなく、状況は悪化していると感じるのはツナヨシの気のせいではないはずだ。にもかかわらず。
「そしてクローム、君は何を願うのですか?」
「ムクロ様。わたしは心が欲しいです」
「ふむ、いいでしょう。君に心をあげましょう・・・ただし、即座にボクに心奪われる」
「はい、ムクロ様」
「いやいやいや」
――――もはやツッコむ気力も消失する。
(こいつ、もしかしなくても『いい魔法使い』どころか、『悪い魔法使い』なんじゃ・・・)
何というか手口が悪徳商法、詐欺まがいのインチキ魔法使いそのものである。
ジト目でムクロを睨むツナヨシに、非常にウキウキとしている魔法使い。
「で、君はボクに何をねだるのですか?」
ねだるって、またイヤな表現だが。
「えっとさ、できたら『金の林檎』が欲しいんだけど」
「・・・ほう、金の林檎ですか」
「うん」
「ところで、君はそれをどうするつもりですか?」
「え?」
「おいしく食べるとか、庭に埋めて育ててみるとか、・・・まさか!誰かにあげる、つもりではないでしょうね」
自分の言葉に次第に機嫌が悪くなっていく、魔法使い。彼の機嫌に共鳴してあたりに漂う霧がその濃さを増していく。徐々に実体ともとれるほどに密度を増した霧は、鎌首をもたげ攻撃態勢をとったヘビのようだ。
(あ。なんか、マズイ?)
血が鳴らす警鐘に、ツナヨシの頬がひきつる。
「・・・クフフ、させませんよ」
「はい?あの、ムクロ?」
「どこにも、誰の手にも、渡すものか!!」
「ちょ、ま!んぎゃーーーー」
ムクロの叫びを合図に、霧が一斉にツナヨシに襲いかかる。ツナヨシを絡め取ろうと迫り来る無数の触手を見たツナヨシは、
「ひぃ!」
瞬時に回れ右すると、脱兎のごとく逃げ出したのだった。