ちいさく前にならえ #01



序章:とある島のとある研究室より

それは研究の過程で生まれた、思わぬ副産物だった。
世界の存続とひきかえに、呪われたこの体。
忌まわしきこの呪いを解くべく、彼は研究を続けてきた。
同輩たちが一人、また一人と己の運命を受け入れていくなかで、彼は変わることなく藻掻いていた。足掻いていた。
だってそうだろう?
―――――自分は科学者なのだから。
不可能を可能に、解けない謎は解きあかす、それが科学者というものだ。
(その自分が、なんたる失敗・・・)
「くそっ」
そう吐き捨てると、彼は握りしめていた小瓶を机に投げつける。
分厚い論文集、走り書きと計算式が散らばる何枚もの紙、ボコボコと化学反応を起こしているビーカーにフラスコ、複雑な化学式が印字された薬品群、メモリにチップ、むき出しの基盤に、何に使用するのかすらわからない部品など、ありとあらゆるものが散乱する机の上を小瓶は転がる。
壁一面に設置されたディスプレイの淡い光が、室内をうっすらと照らし出している。
その光を受けて苦悩しているのは、―――――小さな赤ん坊だった。
ボサボサの髪、すっかり定着した目の下の隈、特徴的な丸メガネ、ひょろりとした痩身には白衣をまとい、その赤ん坊は全身から怪しすぎる雰囲気を醸し出していた。
まさしく『狂科学者マッド・サイエンティスト』という言葉がふさわしい。
彼は小瓶を見つめ、ぐぎぎぎと歯ぎしりをしながら考える。
(計算は完璧だった。実験の手順も。理論上はまさしく望み通りの結果がでるはずだったのだ。それが一体何故、―――――真逆の結果がでるのだっ!!)
まったく科学者としては、あるまじき失態だ。
彼は顔をあげると「ふんっ」と鼻息も荒く、自分の理論とはかけ離れた『結果』を処分するため、再び小瓶を手にとった。
そして、部屋の隅のゴミ箱に投げ入れようとしたその瞬間、ふと気付いたのだ。
(・・・まてよ。確かにこの実験結果は理論とはかけ離れている。遺憾ながら失敗作というしかないだろう。だがしかし、この『結果』自体を見てみると・・・・)
「ふむ。これは実におもしろい」
ニヤリと口元に歪んだ笑みを浮かべると、科学者はいそいそと通信端末に手を伸ばす。
――――これは、イロイロと利用すべき価値がある。

こうして密やかに、けれど確実に。ツナヨシの平穏は危機に陥っていたのだった。
本人のまったくあずかり知らぬ所で。