ディーノ編


はじめてキミに出逢ったとき、オレの視界に星が飛んだ。花びらが舞った。
けど同時に痛みと恥ずかしさに耳まで熱くなった。
Vongola Ring'Battle#02
その手に大空の輝きを



ボンゴレ十代目その襲名披露の儀。
会場となった洋館ではイタリアマフィア界の幹部たちが数多く集まっていた。
と同時に様々な憶測や噂も飛び交っていた。
いわく、どうも日本人(ジャッポーネ)で、まだ子供だということ。正統継承者と目されていたザンザスを退けての継承。そして密やかに囁かれる『九代目(おや)殺し』。
ボンゴレファミリーはイタリアマフィアの中でも古参のファミリーである。
そして構成員の数は少ないものの精鋭をそろえ、その実力も一、二を争い、強大な影響力をもつファミリーだ。また、独自の掟や不思議な力をもつ、謎につつまれたファミリーでもある。
そのボンゴレ九代目の突然の訃報。そして直後の十代目襲名。
この急転直下の継承に各ファミリーには動揺が走った。そして今日ここに集まる幹部たちの表情から、疑惑の念をぬぐいさることはできずにいた。
そしてそれは新たにボンゴレボスの座についた一人の人間へ向けられている。

オレもボンゴレ十代目には並ならぬ関心を持っていたが、それは彼らとは別の理由からだった。ジャッポーネの子供・・・もしかすると、あの子かもしれない。
淡い記憶のかなたに、かつて一度だけ会ったことのある少女が浮かびあがる。
もう何年も前に訪れたボンゴレ本部の屋敷。その花の庭で出逢った。
―――キミなんだろうか?


ディーノ、通称『跳ね馬ディーノ』。オレはキャッバーネロファミリーのボスである。
キャッバーネロファミリーはボンゴレと同盟関係にあるファミリーで、オレがボスの座についた時、その襲名披露と同盟関係の継続について九代目を訪ねたのだった。
穏健派といわれた九代目はマフィアのボスというよりはむしろ大学教授や哲学者といわれた方がしっくりきた。やさしげなブラウンの瞳、穏やかに語りかける口調。
にもかかわらず、ガチガチに緊張したオレを気遣って、部下が飲み物をもらいに、席をはずれた。そのわずかな間に、オレはバルコニーからすべりおち、花の庭に落ちたのだった。
―――そして、キミに出逢った。

はじめてキミに逢ったとき、風が吹き抜け、花びらが舞い上がり、目の前にいくつも光の星が飛び交った。
実際には、オレが落ちて花を散らしてしまったのと、頭を打ったためだったが。
突然の訪問者に驚きふりかえった人影は小柄で、けれど深く澄んだ黒い瞳が印象的だった。
まるで、この庭に咲く白い花のように、可憐で、それでいて鮮烈。
驚き目を丸くしたキミにあわてて怪しい者じゃないと説明したっけ。
思い出すたび不審者以外の何者でもなかったと反省するが。
そんなオレにキミはクスリと笑って、一輪の花を差し出した。
そしてキミを呼ぶ声にこたえ、去った。
ただそれだけ。ほんのわずかな、数刻にも満たない出逢いだったけれど。
まぼろしなんかじゃない。
夢とたがわぬ証に、オレの胸には一輪の花がさしてあったから。



追憶からさめ、ディーノは手元のグラスに視線をおとす。
深い紅に熟成したワインは、血を連想させる。
疑惑の念はボンゴレ内部にも深く根付いている。そして、十代目継承を認めないザンザスたちヴァリアーが、各地のボンゴレ施設を占拠し、戦闘が始まっているとも聞いた。
このまま戦闘が拡大することは避けなければならない。だが、ザンザスたちを反乱分子としてよいのだろうか。イタリアマフィア界でも意見は様々だ。
確か十代目にはリボーンが家庭教師としてついていたはずだ。それなのに、この騒動。
どうおさめるつもりなのか。いやおさめられるのか。
グラスにひとつため息をおとしたそのとき、
――――会場がどよめいた。

ハッと視線をあげたディーノの目に飛び込んできたのは、ボンゴレ幹部と守護者たちに囲まれ歩み来る少女だった。
黒の背広に、指にはボンゴレ大空のリング。ボンゴレボスの正装姿で現れた彼女は毅然と顔をあげる。その凛とした佇ま<いに会場が息をのむ。
古参の幹部、守護者たちと並んでまったく遜色なく。むしろ彼らをひきつける強さがあった。うつくしく、王のように優雅で力強い。
席についた彼女はスッと左手をあげると、その指にきらめくリングに光の炎を灯した。
あたたかく、清冽な光。すべてを包み込む大空の光だ。
まちがいなく彼女がボンゴレ十代目。
たった一瞬で彼女は会場にたちこめる疑惑を吹き飛ばした。


その後、襲名披露はつつがなくすぎていった。
各ファミリーの幹部たちとの挨拶に、水面下で確認されるパワーバランス。
ボンゴレ十代目は見事にその務めを果たしていた。
そして、ディーノの元にツナヨシが歩み寄る。側に付き従うリボーンが彼の出自を耳元に囁く。どうせまた、くだらないこと吹き込んでるんだろうが。とかつての家庭教師を軽くにらむが、相手はスルー。
「はじめまして、ディーノさん。よろしくお願いします」
挨拶とともにディーノを見上げたツナヨシはハッと驚き、そしてわずかに微笑んだ。
「いえ、前に一度お会いしました・・・よね?」
覚えていた。あのわずかな出逢いを。
ただそれだけで、胸が高鳴る。頬がゆるむ。
初恋のガキじゃあるまいし。そう思ってもどうすることもできない。
「ああ、こちらこそよろしくボンゴレ十代目。いや、ツナと呼んでもかまわないかな?」
「ええ、もちろんです」
「リボーンも久しぶりだな」
「チャオっす、へなちょこディーノ。おまえも相変わらずだな」
「へなちょこ?」
「っ、たく。昔の話をいつまでも。ほんとタチの悪い家庭教師だぜ。
ツナヨシ、リボーンにカテキョーしてもらってんだろ?その前にオレもカテキョーしてもらってたんだよ。まあ、先輩だな。困ったことがあったら何でも言えよ」
「そうなんだ」
「出来の悪い生徒で苦労したがな」
「まだそれを言うか」
「あははは」

そんななごやかな時をひき裂いて、突如、爆音とともにバルコニーが吹き飛んだ。
割れて飛び散るガラスからとっさにツナヨシをかばうディーノ、瞬時に応戦体制に入るリボーン。駆け寄る守護者たち。
そして薄れゆく硝煙の中から現れたのは―――ザンザスだった。
ザンザスは床に散らばるガラスを踏みつけ、悠然と歩み寄る。
さながら王者の風格。あふれる覇気に会場がのまれる。
「ザンザス・・・」
「カスが。てめぇがボンゴレ十代目だと?わらわせる」
「う゛ぉぉぉぉぉい。だからさっさと先に行くなって何度言わせるんだぁ」
「しょうがないよ、ボスだもん」
「いやーん、せっかくの一張羅がホコリで台無しよ。もう、やる気でないわぁ〜」
「さっさと用事すませちゃおうよ」
「うむ。ボンゴレリングを見つけ次第回収する」
「ふしゅー」
ザンザスに続きヴァリアーの面々が会場に現れる。この会場にはイタリアマフィアの名だたる面々が集まっている。それゆえ、各ファミリーの選び抜かれた精鋭による、万全の警備体制がしかれていた。その警備をものともせず、易々と侵入。
これがヴァリアー・クオリティーなのか。