青春アミーゴ
#01
「・・・青春したい」
ボンゴレファミリーの総本部。その最奥に鎮座するボス執務室で、超一流の家庭教師があつらえたこれまた超一級品の椅子に座りサワダツナヨシはぼそりと呟いた。
「は?あの、十代目?」
「ツナ?」
いきなりの発言に、困惑の表情を浮かべた右腕と親友に向かいツナヨシは叫んだ。
「オレだって、人生の春を謳歌したいーーー!」
その衝撃に、机上に山と積まれた書類が雪崩をおこすが、そんなことにはかまわずツナヨシは机につっぷして、首をフルフルと振りながら「青春したい。青春したい。青春したい」と呟いている。
「「・・・・」」
そんなツナヨシの様子を目にし、今日も十代目の仕事を補佐するべく、朝から執務室に詰めていた獄寺と山本は、無言で視線を交わした。曰く。
(あちゃーとうとうキたのな。今週は特にハードだったしなー。どうするよコレ?)
(医療班!?シャマル!?いや、癪だがムクロのヤローを呼ぶか?!)
「いや、錯乱なんてしてないし」
こういう時にはめっぽう鋭い直感を発揮するツナヨシは、二人のアイコンタクトを正確に読みとるとしっかり訂正をいれる。
「で、ですが十代目。今も十分『青春』しておられると思いますが」
「そうそう、まだまだ若いって。ピチピチしてるもんな」
「ええ、今日も・・・その、とても、かわいらしくていらっしゃいます」
「あっ、そう?ありがと。獄寺くん。山本。って、そういうことじゃなくて!」
二人の誉め言葉にまんざらでもなく浮かれたツナヨシだったが、彼女が言いたいのは『若さ』とか『適齢期』とかそういう微妙な心境ではない。
「そうじゃなくて。青春って、例えば、コンパでふと視線を感じて顔をあげれば、目があいニコリと微笑みかけられて、きゃ☆とか、バイト先で酔っぱらい客にからまれた所を、さりげなくかばってくれて。その広い背中に、ドキッ☆とか、そういうの!」
「「・・・・」」
マフィアのボスが無茶を言う。
思わず無言で固まってしまった獄寺と山本だった。
―――――サワダ・ツナヨシ。
薄茶色の髪と目をしたこの小柄な少女こそが、何を隠そう裏社会にその名を轟かす天下のボンゴレ十代目、その人なのだ。
誰よりも血と炎に愛され、圧倒的な力で君臨するボンゴレ・デーチモ。
だが、もともと日本の平和な家庭で生まれ育った彼女は、マフィアとは無縁の生活を送っていた。大都市郊外の小さくはないが大きくもない並盛町で暮らす、いささかぐうたらで、平穏な日常を愛する一般人だったのだ。今ではボンゴレ・デーチモの<嵐>と<雨>の『守護者』を継承した、獄寺と山本もその頃からのつき合いだ。
そんなツナヨシの平穏な生活が一転したのは、中学一年の春。
突然やってきた家庭教師の赤ん坊に、ツナヨシは自分がイタリアマフィア界屈指の勢力を誇るボンゴレファミリーのボス後継者であることを告げられたのだ。
それからツナヨシのひたすらに過酷で後暗いハードな青春時代がはじまった。
銃弾、手榴弾、トンファー、ダイナマイト、極限な破壊力を誇る拳、業物の刀、幻覚と物騒極まりない物と人に囲まれ、襲い来る刺客、試練の類を何度となく乗り越え、最凶の家庭教師に泣く泣く鍛えられながらも、なんとか無事に中学を卒業したツナヨシはイタリアに渡り、そしてあれこれすったもんだの末、ボンゴレ十代目を継承したのだった。
それから数年が経過しても、相変わらずツナヨシは平穏な日常を愛してやまない。
そう、心から愛し、願っている。
だがしかし、そんな彼女の願いとは裏腹に、家庭教師を筆頭に守護者、側近、部下、同業者たちの多大なる物理的、心理的被害を被り、なおかつツナヨシ本人は最強の家庭教師でさえも匙を投げるほどの『ある方面での鈍さ』と『トラブル吸引体質』であるため、平穏な日常とはかけ離れたスリリングでデンジャラスな毎日をおくっている。
そんなツナヨシが、平穏な日常=年頃の娘=青春に興味を持つのはうなずけるが、とはいえ、いつものツナヨシから、「コンパできゃ☆」だの「バイトでドキッ☆」などという発言が飛び出してくるとは考えられない。
何かきっかけがあったはずなのだが・・・と思考をめぐらせれば。
獄寺の頭にピコーンとアラームが鳴る。ヒット一件。
「・・・なるほど、あの二人ですね」
「ん?ああ、笹川と三浦か」
山本も脳裏に浮かぶ二人に「なるほど」と相づちをうつ。
笹川京子、三浦ハル。その二人はツナヨシの最も親しいガールフレンドである。
そしてつい数日前、笹川京子と三浦ハルはイタリアに遊びに来ていたのだった。
今年の春に見事地元の大学に進学した二人は、夏休みを使って『お元気ですかツナさん!あなたに逢いたくて夏』と題してイタリア観光&ツナヨシの元に遊びに来たのだった。
もちろん諸々の事情からボンゴレ本邸には入れられないものの、ボンゴレ系列の高級ホテルを用意し、笹川了平をはじめ二人と面識のある人物をガイドに手配するなど、ツナヨシはあれこれ手を回し歓迎していた。
そして、その甲斐あってか、二人はめいっぱい観光を楽しんだという。イタリアを満喫。結構なことだ。
生憎ツナヨシはスケジュールの都合で、二人が帰国する前日の夜にやっと一緒に食事をすることができたのだった。
その夕食の場でのことだ――――
直前まで厄介な交渉にあたっていたツナヨシは、そのまま予約していたリストランテに直行した。店の予約は獄寺に頼んでおいたが、地元のシーフードを使ったメニューに定評のある店だという。
日は沈み、薄闇にぼんやりと浮かび上がる、黄褐色の壁に赤煉瓦の屋根に煙突。イタリアの代表的な建築スタイルだ。落ち着いたたたずまいに、もてなしと歴史を感じさせる造り。ロビーを抜ければ、吹き抜けの回廊にセンス良く配置されたキャンドル。雰囲気もある。防犯上のあれこれから、離れの個室をとったと言っていたが。ゆらゆらと揺れるランプの灯りに導かれツナヨシは足を早めた。