「誕生日おめでとう」
目の前の男にそう告げれば、
「はっ、くだらねぇ」
非常に鬱陶しそうに、しかも忌々しげに吐き捨てられた。
My Dear XX
マイ・ディア・ダブルイクス
「まったくお前はいつでも酷いね」
そう呟いた視線の先には、豪奢なカウチに悠々と寝そべる長身の男。
黒髪に特徴的な羽根飾り。褐色の肌。鍛えられた逞しい体。
黒コートを肩からひっさげた、ザンザスだ。
毎度のことながら、尊大で、傲慢で、不機嫌で、無愛想。おまけに犯罪者顔だ。
彼は目の前に佇むツナヨシをジロリと睨むと、両腕に抱えている贈物の数々を一瞥。
真紅の双眸が不快気に細められ。
そして一瞬でツナヨシの手からそれらを奪い取ると、ポイッと床に投げ捨てた。
ケーキの箱も洋酒のボトル(高かったのに)も花束も、あっという間にご昇天だ。
「はぁ」とため息をついた途端、腕をグイッと引っ張られた。力でこの男にかなうはずもなく、ツナヨシは体ごとカウチに、否、ザンザスに倒れ込む。
どさりと音をたてて飛び込んだツナヨシをたくましい胸板が受け止める。
華奢な体をその腕の中に捕らえてザンザスはやっと少し口角をあげた。
「ぶふっ!」
相も変わらぬ手荒な扱いに、文句の一つも言ってやろうと顔を上げれば。大きく開かれたシャツの胸元、褐色の肌に散らばる古傷にツナヨシは動きを凍らせた。
皮膚がひきつれたような、そこだけ色素が濃く沈着したそれは、ザンザスの反乱の証。
かつての死闘を刻む傷跡を、目は自然と追ってしまう。
鎖骨から太い首に。男らしいラインを描く顎から頬に。そして額に。
「何を見てやがる」
「んげ!」
ぐいっと首が折れるかと思うほど荒々しく、無理矢理に視線をあわせられた。
間近に見える真紅の双眸は剣呑で危険で、それでいて人を惹きつける。
(深い紅にのまれそうだ・・・)
からみつく視線をふりきって、目だけを動かしたツナヨシは床に投げ捨てられた無惨な贈物を視界におさめると、首の痛みも暗に含めてぶつくさと文句を言い始めた。
「はぁ。せっかく持ってきたのに・・・」
「るせぇ」
「誕生日なのに・・・」
「うぜぇ」
「ほんとお前って・・・」
ツナヨシはふたたびため息をつく。
年に一度のめでたい日。ザンザスが生まれた特別な日。
それなのに、ケーキも酒も花もいらぬ。祝う気持ちすら、くだらないと吐き捨てるこの男。まったくもってどうしようもない。
ふてくされるツナヨシに、ニヤリと不敵なそれでいて非常に危険な笑み(この男がこんな笑い方をする時はたいがいロクなことがない)を浮かべると、ザンザスはのたまった。
「くれるってんなら、変わりにてめぇを寄越しやがれ」
「は?」
そう言い捨てるなり、ザンザスは噛みつくように口づける。
「んーん!ふむーー!!」
抗議に開いた唇から熱い舌が侵入。ツナヨシを絡めとる。
ツナヨシの意志も気持ちも露ほども斟酌しない。
激しいキス。荒々しいキス。獣のような。嵐のような。
息つく暇さえ与えない。
クラクラと霞む視界に、火花が飛び散る。
まったくもってヒドイ男。サイテーな男。
なのに、それなのに。
「ん・・・ふ・・・ぷはっ!」
永遠に続くかと思った口づけだったが、酸欠に意識を失う直前にザンザスはツナヨシを解放した。最後にぺろりとツナヨシの唇を舐めると、ニヤリと男は獣の笑みを浮かべる。
解放されたツナヨシは思いっきり空気を貪って。はあはあと肩で息をするツナヨシに、目の前の男は憎らしいほど余裕の表情だ。
いつだって踊らされるのはツナヨシで。
悔しいけれど、何をされても許してしまうのもツナヨシで。
「ザンザス・・・お前な・・・」
最後の悪あがきにジト目で睨むが暗殺部隊の隊長様はいたって涼しい顔だ。童顔の、しかも熱に火照った顔でにらまれようが、蚊に刺された程度にも堪えない。
かえって潤んだ瞳はザンザスの欲を刺激する。
さらに強くツナヨシを抱きしめると、ザンザスは首筋に舌を這わせ、耳たぶに歯を立てる。ビクリと腕の中で痩身が跳ねる。敏感に反応する体をその腕に閉じこめて、彼は耳元に低く囁く。
「ん!ザンザス!!」
「黙ってろ」
重低音の声が鼓膜を刺激し、熱い吐息にゾクゾクと背筋が震える。
まったく、なんだってこんなことに。
自分はただ誕生日を祝いにきただけなのに。
いつか、穏やかにこの男が生まれた日を祝うことができるのだろうか。
この世にお前が存在すること。お前に出会えた、この奇跡に感謝していると。
泣きたいほどに嬉しいのだと、この男に伝わるその時が。
(ホント、いつになることやら・・・)
諦観とともにため息をつくと、ツナヨシはザンザスの首に腕をからめて耳元に囁いた。
それでも。
―――――お前が生まれたことに感謝する、と。
END.