それはそれは大きな屋敷だった。
Ciao mia Fratello
こんにちは兄弟
いくつも立ち並ぶ塔、よく手の行き届いたうつくしい庭園、屋敷を囲む広い森。
豪奢な館の内には、ダンスパーティができそうなほどの大広間。どこまでも続く回廊、数え切れないほどの居室が並び、バルコニーに佇めばはるか彼方まで、見渡す限りこの屋敷の領地で、それはもはや『屋敷』ではなく『城』と呼ぶにふさわしい。
城にはたくさんの部下にかしずかれて、一人の王が君臨する。
寂しい目をして、やさしく笑う、老いた王。
人々は彼を『ボンゴレ九代目』と呼ぶ。親しみと敬愛の念をこめて。
その九代目に導かれ、ツナヨシは廊下を進んでいく。
長く永遠に続くかと思えた回廊を抜けると、その先には花が香り、木々がざわめき、天上から光が降り注ぐ、サンルームがあった。
ガラスの温室には、一人の少年が待っていた。
背は高く、ひきしまった体はもう青年のそれで。二人の気配に彼が振り向く。
「ザンザス。待たせたね」
老人の声に、無言の返事。ザンザスはちらりとツナヨシに目線を送る。
「ああ。今日からうちの子になったツナヨシくんだ。色々教えてあげなさい」
ザンザスにそう言うと、九代目は振りかえりツナヨシに微笑みかけた。
「ツナヨシくん、今日からここがキミの家だよ。そしてこの子は私の息子ザンザスだ」
老人の言葉に、苛烈な真紅の双眸がツナヨシに向けられる。
ヘビににらまれたカエルのように、ツナヨシは立ち竦んだ。
けれども、「さあ」と老人に背を押され、ザンザスの前に歩み出たツナヨシは、その鋭い眼光に怯えながらも、健気に覚えたての挨拶を口にした。
「あ・・・あの。ciao mio fratello.」
―――睨まれた。
そして次の瞬間、勢いよく頭をはたかれた。
「あうぅ!」
「ザンザス!」
「ふん、ドカスが」
どうやら自分は盛大に間違ってしまったらしい。
あまりの痛みに涙を浮かべ、この暴君を見上げるツナヨシと、冷笑して小さな獲物を見下ろすザンザス。
――――これが自分とザンザスの出会いだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ふん、そういやそんな事があったな」
「お前なぁ。ホント、おっかなかったんだぞ。すっごい目つき悪いし、すぐ手がでるし。あ、それは今も同じか」
「るせぇ。てめぇの方こそガタガタと震えやがって情けねぇ。あまりに貧弱で殺る気もうせた」
「あのなぁ・・・」
まったくもってザンザスらしい言いぐさに、ツナヨシは苦笑する。
時計の針はまもなく12時を指そうとしている。
折しも今日は10月10日、ザンザスの誕生日であり、二人がはじめて出会った日でもある。
あの日から、十年という月日が流れ。ザンザスはもう間もなく十八に、追ってツナヨシもじきに十六になる。
やわらかいソファに腰を下ろして、傍らのザンザスにもたれかかり、ぽすんと肩先に頭をあずければ、たくましい腕がツナヨシを支える。
心地よい温もりにうっとりと目を閉じ、ツナヨシは耳元に響く彼の鼓動に耳を澄ませた。
静かな部屋には、チクタクと時計の針が刻む確かな音。
――――予感がする。
血が告げる、淡く切ない運命の時。
きっとこの男もそれを感じているはず。
それでも、変わらぬ男の態度にツナヨシは心底、安心する。
まだ、大丈夫。もう少し。もう少し。
許される時間が長くはないことを、理解していても。
願ってしまう。望んでしまう。
――――この男とともにある未来を。
「ザンザス・・・」
かすかに震えるツナヨシの唇に、ザンザスの唇が重なった。
「ん、ぅ」
もつれるようにソファに倒れ込めば、目の前にはザンザスの真紅の眼。
あの時から変わらぬ苛烈さと、激しさを秘めた。
強く、悲しい眼だ。
思わず涙があふれて、ツナヨシはザンザスの首に手を回す。
「ドカスが」
囁くような低い吐息がツナヨシの頬をかすめて、涙に潤んだ瞳に口づけが落ちてくる。熱い唇はそのまま、ツナヨシの耳朶をなぞり首筋をすべり落ち。目も眩むような激しい感情に、ツナヨシは瞑目する。
「ザンザス・・・」
たとえこの未来に何が待ち受けていようとも。
―――何度でも、ツナヨシはこの出会いに感謝する。
END.