≪第4楽章≫


破滅の音をたてる教会から必死の体で逃げ出したツナヨシは、ふらつきながらも逃亡を再開する。しかし、外に出たとたん
「ボス、どこいくの?」
「ク、クローム・・・・ごめん!見逃してー」
「あ、逃げたぴょん!追いかけるびょん!」
「めんどい・・・」
「ムクロ様に怒られるよ」
「待つびょん!ボンゴレーーーー」
「んぎゃーーーー勘弁してーーーー」
こうして、ふたたび不毛な負いかけっこがはじまったのである。

それにしても。
クロームに無理やり着せられた、このウエディングドレスの走りにくいこと、走りにくいこと、この上ない。長い裾は持ち上げなければまともに前へも進めないし。ワサワサと風になびくベールはうっとうしい。
度重なる疲労に心労、無情な虐待のせいで、いい加減体力も限界だった。
(も、ヤダ。ホント助けて・・・)
わさわさとドレスが足にまとわりつく。体勢を立て直そうと気付いた時には遅かった。足に裾がからまり、もつれ、ツナヨシは地面に転がった。
「やった!捕まえるびょん!」
「ひぎゃーーー!」
飛びかかってくる犬にツナヨシの顔が引きつる。
しかしその時、
「十代目!伏せてください―――果てろ!」
「ぎゃん!」
聞き慣れた声とともにダイナマイトが炸裂。犬を吹き飛ばした。
そして、猛スピードの車がツナヨシの前に突っ込んでくる。急ハンドル。ドリフト。急停止。たちこめる土煙をかきわけて、車内から颯爽と登場したのは、獄寺と山本だった。
「十代目!助けに来ました!」
「ツナ、待たせたな!」
「獄寺くん!山本!」
頼りにする右腕と親友の登場に歓喜の声をあげ、ツナヨシは二人に駆け寄る。
が、駆け寄ってくるウエディングドレス姿のツナを見ると二人の一切の活動は停止した。
――――絶句。
しかし一瞬にして回復した二人は、獄寺がツナの右腕を、山本が左腕をガシッとつかむと、
「じゅ、十代目!絶対幸せにします!!」
「めちゃくちゃカワイイな、ツナ。こりゃ、子どもの顔が楽しみだな」
――――沈黙。そして両者、激しい睨み合い。
「てめ、山本。なに勝手述べてんだ!果たすぞ、こら」
「獄寺こそツナが嫌がってるじゃねぇか」
「んだ、コラ」
またしても身に覚えのない状態で、どんどん険悪になる空気にツナヨシはげんなりと顔をしかめる。
「そんなことより、クローム達が追いかけて来てるから!
 車出して!」
「は、はい」
ともかくも敬愛する十代目を回収し、獄寺はアクセルをぐんと踏み込んだ。
砂を巻き上げ急発進する車。必死で追いかけるクロームと千種の姿が小さくなっていく。

ホッと息をついたツナヨシは改めて二人に感謝の意をむける。
「助かったよーホントありがと!獄寺くん、山本。
けどよくここがわかったね」
「こんなこともあろうかと、発信器を仕込んで置いてよかったス」
「は?」
「いやー、信号がとぎれた時はあせりましたが、幸いヤツラがハデに暴れてくれましたので、おかげで見つけることができました。アイツらでもたまには役にたつんスね。ははは」
「獄寺・・・・」
敬愛する十代目に誉められ、調子に乗ってペラペラと話す獄寺と硬直した笑顔のツナヨシを見て、山本はあちゃーと手で顔を覆う。
「そうなんだ。ホント助かったよ、獄寺君。
で、発信器ってどこに仕込んだの?」
「あ、十代目の靴底っス」
ピシッ。とたんに車内の空気が凍り付く。
どうやらこの過保護な守護者とは一度きちんと話をする必要がありそうだ。
「ふふふ・・・・あとで覚えとけ」
絶対零度の笑みを浮かべツナヨシは囁いた。
ルームミラーにその笑みを目撃した獄寺は凍り付き、山本は賢明にも寝たふりで誤魔化した。
「じゅ、十代目!!こ、この近くに避難場所を確保しましたので!とにかくそちらへ」
あわてて獄寺は運転に専念し、車内は微妙な沈黙に支配されたのだった。

郊外ののどかな風景を走ることしばし、車はとある屋敷に入ると停車する。どうやら資産家の別荘のようだが。趣味がいい。コロニアル調の屋敷を囲む林野は自然のままに。さりげなく配置された庭木と調度品のバランス。上品でいて、くつろげる空間だった。
「獄寺くん、ここって・・・」
ツナヨシの問いに答えるかのように、屋敷の持ち主が駆けてくる。
日の光にキラキラと輝くハニーブロンドの長身。文句ナシのお金持ちにして、品性の持ち主。
ツナヨシの兄弟子にあたる、通称『跳ね馬』こと、キャバッローネファミリーのボス、ディーノだった。
「ツナーーーー!よく来たな!」
「はい、跳ね馬のアジトの一つです」
「ツナ!久しぶり。元気だ・・った・・・か?」
車から降りるツナヨシたちを出迎えに駆けつけたディーノだったが、純白の衣装のツナを目にすると、言葉をとぎらせ、絶句。
したかと思いきや、
「よし、幸せな家庭を築こうな!」
がしっとツナヨシの手を握り宣言する。
が、そのとたん
「何勝手なこと言ってやがんだ、跳ね馬」
「オレも遠慮してほしいのな」と即座に獄寺がダイナマイトの火をつけ、山本が時雨金時をキラリと抜きさる。
「・・・冗談だ。獄寺、山本」
「もう、二人ともやめてよ。ディーノさん、迷惑かけてすいません」
「いや、ツナならいつだって大歓迎だが、その格好は・・・」
「はは、また先生が暴走しまして」
「はは、そっか。リボーンがな。そりゃ、しょうがねーな」
以前にリボーンの無情な家庭教師を受けていたディーノは、それだけでなにやら悟ったようだった。はははと互いに乾いた笑いを浮かべる、生徒たちの背後にはいっそすがすがしいほどに『諦観』と書いてあった。
「ってことは、この後あいつも来るってことだな」
「おそらく、そうなりますね」
「ははは。まあいいさ。好きに使ってくれ」
「ついでに、うちの暴走部隊も十中八九、現れます。
リボーンがケンカ売ってたんで」
「ははは、いいさ、いいさ、もう、なんでも来い」
「・・・すいません。請求書はボンゴレ本部に送ってください」
不幸にも、今後の展開を予想できてしまったディーノは、いっそ清々しいくらい諦めの笑みをうかべている。先ほどまでのキラキラしい姿とはうって変わって、生命力に欠いたディーノの姿に家庭教師と旧友たちが彼に及ぼした苦難の数々を悟ったツナヨシだった。

「十代目、安心してください!たとえ誰が来ようとも、オレが必ずお守りします」
「それに、こっちの援軍もそろそろ着く頃だしな」
「援軍?他にも誰かよんだの?」
「ええ、まあ・・・援軍になるかは微妙な所ですが」
「はい?」
とそこに土煙をまきあげ突入してきたのは、真っ赤なスポーツカー。急停止すると同時に中から人影が飛び出てくる。大小の凸凹コンビ。
「沢田――――!極限助けにきたぞ!!」
「なははは、ランボさん登場なんだもんね!」
「・・・・まさか、援軍ってコレ?」
「遺憾ですが・・・」
「他に手の空いてるヤツいなかったんだよなー」
「ま・・・まあ、このアジトは最近買ったばっかだし、アイツらもそう簡単には見つけらんねーって。そう悲観するなよ、ツナ」
散々な言われようだが、何も考えず大業をブチかますド・ピーカンの笹川了平と、泣き虫ランボ。この展開では歓迎できかねるメンバーなのも確かだった。
「むむ、何をごちゃごちゃと言っている!素直に喜べ沢田!」
「そうなんだもんね!ツナ!ランボさんプンプンなんだもんね」
「先ほどまでルッスーリアとトレーニングしていたのだがな。沢田の危機と聞いて極限参上したのだ!ルッスーリアも誘ったのだが、なにやら仕事が入ったようでな」
「え゛、ルッスーリアに仕事ってことは・・・」
「ザンザスのやつ、ヴァリアーの幹部を投入する気かよ」
「ってことは、もしかしなくても、マーモンも?」
「だな。あいつが動くとなると、この場所もすでにバレてるのなー」
「・・・・そんな、安息の地が」
山本の宣告にがくりと肩を落とすツナヨシだった。
しかして実際に、優秀すぎる追跡者たちの魔の手はすぐ側まで迫っていた。突如、屋敷の正門が爆発したかと思うと、美しく装飾がほどこされた門扉(故)をぶち破り、突入してきたのは

――――恐怖の『人間災害』たちを乗せた三台の車だった。



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