ひとつ箱の中
#01
マフィア・ランド。
全世界のマフィアたちが真っ白な心で遊ぶために、ドス黒い資金を大量につぎ込んで運営される、南海に浮かぶ一大リゾート施設である。燦々と降り注ぐ陽光はまぶしく、空も海もどこまでも青く輝いている。
そんな南の島の楽園で、灼熱の砂浜を
―――――サワダツナヨシは死ぬ気で逃亡していた。
優秀すぎる追っ手はすぐ背後まで迫っている。
姿は視認できずとも、身になじんだその気配は間違えようもない。かろうじて彼らの隙をつけた自分を、心から誉めてやりたい。
ハァハァとデスクワークでなまった体が音を上げるが、ここで立ち止まったが最後。地獄の釜が大きな口をあけて待ちかまえているのだ。諦められようはずがない。
なおかつ、現状に置いては援軍も期待できない。なにせ、誰よりもツナヨシの味方であるはずの守護者たちこそが、率先してツナヨシを追い立てているのだ。
(あいつら、こんな時だけ、連携しやがって。普段、協調性の、カケラも、ないくせにぃぃ)
ギリギリと歯を鳴らして悔しがっても、事態が一向に改善する兆しはなく。この世界の無情さと非情さをヒシヒシとかみしめて、ツナヨシは疾走する。
灌木を飛び越え、砂を蹴り上げ、岩山を回り込み駆け込んだその先には、
―――――小さな港があった。
どうやら荷揚げ専用の湾港のようで、あたりに人影はなく、いくつもコンテナが積み上げられている。ここならば隠れるにはもってこいだろう。ズザザザーと急停止すると、コンテナの影に身を潜ませ、ツナヨシは息を整える。
野生の獣のごとき用心深さで(なにせ、味方ですら信用できないのだ)辺りの様子をうかがっていると、突如、背後から何の気配もなくポンと肩を叩かれた。
「何してんだ、コラ」
「ヒィィィィ!!ごめん、許してーーーー」
「・・・・」
飛び上がって悲鳴を上げ、なおかつ腰をぬかしたツナヨシを呆れた表情で彼を見下ろしていたのは、裏マフィアランドの責任者にして地獄の鬼教官、青のアルコバレーノ・コロネロだった。
おなじみのオリーブ色の野戦服に、ごついミリタリーブーツ、額のバンダナには「01」のバッジ、背中にスナイパーライフルを背負ったコロネロは、やれやれと肩をすくめるとツナヨシにその手を差し出した。
「相変わらず騒がしいやつだな、コラ」
「な、なんだ。コロネロかぁ・・・驚かすなよ」
おそらく仕事中だっだのだろう、コロネロは小脇にクリップボードをはさんでいる。差しだされた大きな手に、ホッとため息をついて手を伸ばすツナヨシだったが。その眼は相変わらずキョロキョロとあたりを油断なく見回している。
「何をそんなにビビってんだ?」
「いやそれがさ・・・って、しっ!」
コロネロの手のぬくもりに思わず微笑んだツナヨシだったが、次の瞬間、表情を一転させると、唇に人差し指をあて『静かに』と無言のジェスチャー。
その直後、カツコツと複数の足音があたりに響いてきた。
『来た。どうしよう・・・とりあえず、隠れて!!』
『あ?』
ツナヨシにつられて小声で返したコロネロだったが。迫り来る足音に「あわわわ」と焦りに焦りまくったツナヨシは、手近に開け放たれたコンテナを目に留めると、コロネロの腕を抱えて飛び込んだ。
『むぎゅ』という効果音でもつきそうな勢いで、コロネロのでかい体を押し込め、空いた隙間に自分も飛び込み、ハッチを閉める。
それは、ちょうどコロネロが先ほどからチェックをしていたコンテナで、中には先日届けられた訓練用物資――――機関銃やらアサルトライフルやら、マシンガンやら、弾薬やら、要するに物騒極まりない火器類が格納されていたりする。
「うぉ!サワダ、どういうことだ?!コラ」
「しーー!頼む、かくまってくれ、コロネロ。追われてるんだ」
「はぁ?」
マフィア界にその名を轟かす、天下のドン・ボンゴレが情けないほど怯えている。狭いコンテナで密着した細身の体は、ガタブルと心底震えていて。
仮にもドン・ボンゴレがここまで恐れる強敵が近くに迫っているというのか。
瞬時に気を引き締めたコロネロが耳を澄ませていると、慌ただしい足音とともに男たちの声が聞こえてきた。
「いたか?」
「いや、こちらにはいらっしゃらねぇ」
(どこのどいつだ。きっちり捕まえて吐かしてやるぜ、コラ)
神経を集中させ密やかに戦闘態勢を整えるコロネロだったが、ふと首をかしげる。なんというか、非常に聞き覚えがある声なのだ。それに追っ手には、気迫というかこの世界の人間特有の覇気は感じられるものの、敵意も殺気もまったくない。
(というか、こいつらって・・・)
まさかと疑いながらも緊張感を保っていたコロネロだったが、さらに続いた会話に
―――――ズッこけた。それはもう盛大に。
「どこ行っちまったんだ、ツナ。・・・せっかくチアガールの衣装用意したのに」
「んなっ?!てめえ、十代目にんな破廉恥なお姿をさせようたぁ百年早え」
「獄寺こそ、並中女子の体操服なんてマニアックすぎじゃね?」
「る、るせぇ!」
(お前たち、どっちもどっちだよ!!)
追われている立場も忘れ、ツナヨシは胸中で激しくツッコミを入れる。
その後もなんだか、スカートの丈がどうだの、十代目にはセーラー服がどうの、ブレザーならどうだとか喧々囂々(けんけんごうごう)と討論していた二人だったが、本来の目的を思い出したのかハタと停止すると、気まずい沈黙の後、
「仕方ねぇ。あっち探してみるか」
「だな」
パタパタと駆け去っていった。
「はぁ、やっと行ったか」
慌ただしく去っていく足音に、ホッと息をついたツナヨシだったが。すぐ傍らに怒りの気配を感じて見れば、意気揚々と戦闘態勢を整えていたにも関わらず、待っていたのは非常にくだらない、やる気も失せるやりとり。緊張の糸をバッサリと見事に断ち切られた教官様が、口元をひくつかせていらっしゃった。
「・・・で、どういうことだ?コラ」
「あ、ははは。いや、実はさ・・・」
コロネロの覇気にツナヨシはひきつった笑みを浮かべると、事の顛末を小声でボソボソと話しはじめた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇