―――――だから自分はイヤだったのだ。
目の前には、非常におっかない顔でこちらを睨みつける黒髪の男。
無愛想なだけならず、不機嫌を隠しもしない剣呑な空気にげんなりする。
大量の書類を乗せたローテーブルを挟んで、サワダツナヨシは深々とため息をついた。
こうなることはわかりきっていたのに。
なんで、オレがこんな目に・・・
Let’s talk to each other side:B
話し合ってみよう
事のはじめは、数日前ボンゴレファミリー総本部で行われた幹部会での出来事である。
歴史と伝統、格式を見事に体現した豪華でいて重厚な会議室には、ズラリとダークスーツの男達が居並んでいた。一目でその筋とわかる男達である。
その中に一人、他と比べて一段と小柄な人影。茶色の髪に白い肌、琥珀色の瞳、華奢な体をダークスーツに包んで、精一杯威厳だとか、風格だとかを醸し出そうとしているが、悲惨なことにかえって一層幼さを強調する結果になっている。
だがこの小柄な人物こそが、天下のボンゴレファミリー十代目ボス、ボンゴレ・デーチモこと、サワダツナヨシである。
いかに、中学生に間違われるほどの童顔(それはもう呪われているとしか言いようがないが)であろうとも、ふにゃりとした雰囲気に威厳がなかろうとも、彼こそが大空のボンゴレリング継承者であり、イタリアマフィア界に多大なる影響力を持つボンゴレファミリーのトップなのだ。
しかし、十代目を継承したといっても、全てがツナヨシの思うままに動くワケではない。
当然、ツナヨシを補佐する幹部連中がいるわけで。
先代からの古株にお目付役、幹部会に出席する面々はどれもクセ者揃いだ。加えて、各部署間の長年にわたる軋轢や確執、予算の奪い合い、などなど。それら諸々の事情に挟まれて、ツナヨシはボンゴレという大型船の舵取りをしているのである。
どこまでも平行線をたどる議題に、チクチクとねちこい攻撃、巧妙な腹の探り合いに、搦め手、脅迫、その他諸々の攻防戦。
うんざりとしたツナヨシは、こっそりと吐き捨てた。
(は!ボス業なんぞ、クソくらえだ)
―――――常々ツナヨシはそう思っている。
そうして、今日も今日とて会議は難航する。
先代からの古株の一人がボンゴレ独立暗殺部隊ヴァリアーにクレームをつけはじめたのだ。
ヴァリアーの立ち位置は、ボンゴレにおいても非常に微妙である。
ボンゴレにありながらも、あくまで『独立』を主張する暗殺部隊。九代目の実子ながら、十代目継承のおりにはツナヨシに反旗を翻した過去。
その隊長であるザンザスの顔には、まさしく『反乱の証』が刻まれているわけで。ボンゴレ内でも彼らヴァリアーに対する視線は批判的なものが多い。
現状においては、ボスであるツナヨシが表面上特にこだわりも見せず、彼らに仕事をまわしてもいるので、なんだかんだと黙認されている所があるが、しかしこうした場、会議や予算分配の場面において、チクチクと槍玉にあがってくるのである。
―――――要するに内に火種を抱えているようなものだ。
あれこれと続く幹部の報告を半ば聞き流しながら、ツナヨシがその当事者である男へ視線をむけると、彼は長い足を組んで、豪奢な椅子にふんぞり返るようにして座っている。
ツナヨシなどは椅子に半分埋まっている(だいたいにしてサイズがあっていないのだ)というのに。
――――それがまた、えらく様になっているからムカつく。
加えてその馬鹿にしきった態度。うぜぇ、面倒だと、隠しもせず顔中にデカデカと書いてある。
「くぁっ」
オマケにぬけぬけと大きなあくびをすると、さっさと目を閉じ睡眠モードだ。まったくもって、ふてぶてしい。まだ、しおらしく控えていようものなら可愛げ(?)もあるが、ザンザスの明らかな挑発に古参の幹部の血圧は跳ね上がった。
「なっ、貴様聞いているのかっ!」
憤る幹部に対してザンザスは、相変わらず眼を閉じて威嚇の怒声もきれいにスルー。ごついおっさんの苛烈な威圧感(子どもには決して見せてはいけないご面相だ)を受けても、蚊に刺されたほどにも感じていない。
ピリピリと殺気が肌に突き刺さる。一触即発の雰囲気に室内の空気は研ぎ澄まされて、幹部の殺気に呼応するかように、他の面々もそれぞれ戦闘態勢を整えていたりして。
(・・・まったく)
はぁ、とため息をつくと、しぶしぶながらもツナヨシは仲裁に入った。爆発するまえに消火してしまわねば、巡り巡ってツナヨシに余計な仕事が増えるだけだ。
「落ちついて下さい、ミスター・ジレッティ。ザンザスも、その態度を改めろ」
ツナヨシの叱責にザンザスは薄目を開けて鼻で嗤うが、とりあえず話を聞くそぶりはみせた。
「わかりました、要するにヴァリアーの経費について不明瞭な点がいくつか見受けられる、と。そういうことですね?」
「ええ、そうです」
「ふん、くだらねぇ」
「ザンザス」
相変わらずのふてぶてしい態度に、ツナヨシは心の中で頭を抱える。
(ホントにコイツは。めずらしく会議に出てきたと思ったら)
基本的にぐうたら昼寝男のザンザスは会議、ミーティング、パーティー、式典など、人が集まる場(というより、暴れられる場面以外はすべてといった方が正確だが)は、ことごとくサボりの常習犯だ。
それを説得(まあ時には脅迫も)し、逃走経路をつぶし、連行要員を確保するなど、けっこうな根回しをして、やっと捕獲、出席させたと思えばこのザマだ。
欠席すれば『背反の兆しアリ』といらぬ警戒を抱かせるし、顔を出したら出したで、この態度で空気を破壊する。まったく、どうしろというのか。
だからツナヨシは心の底から痛感する。
――――ボス業などやってられるかっ!と