悪魔と踊れ #01
-Dance with Me-



「何でこんなことに・・・」
膝をかかえ、泣きそうな顔でそう呟いたのはサワダツナヨシ。
泣くマフィアすらも押し黙るボンゴレファミリーの十代目である。

しかしながらその地位とは裏腹に、現在の彼女はマホガニー製の円卓に背中を預け、膝をかかえて床に座り込む。まるで『教師に説教されている学生』のような情けない姿に、かたわらの相棒が鼻を鳴らして嗤う。
「なんだ、はじめからこうする予定じゃなかったのか?」
「・・・穏便に、話し合いで解決して欲しかった」
一見、呑気に会話しているツナヨシたちだが、先ほどから二人は殺意と銃弾の嵐に包囲されている。背中の円卓にはビシッ、ビシッと銃弾が打ち込まれ、流れ弾がすぐ脇をかすめていく。怒号と銃声に耳が痛い。室内ゆえにダイナマイトや手榴弾といった爆発物のたぐいは使用されないものの、飛び交う銃弾の数にツナヨシはため息をついた。
――――鬱陶しい。明らかな威嚇にうんざりと顔をしかめる。
「くくく、あきらめろよ。むこうは俄然殺る気だぜ」
そう言う彼はすこぶるご機嫌だ。
喜々として、愛用の武器である二丁拳銃に弾を装填している。そのゴツイ拳銃のグリップ部には、『X』とボンゴレ独立暗殺部隊の紋章。
装填を終えたザンザスは、ニヤリと獣の笑みを浮かべ、ツナヨシに囁く。
「ドン・ボンゴレ。さあ、パーティーのはじまりだ」
諦観の表情を浮かべ、ツナヨシはもう一つため息をついて、つぶやいた。
「はあ、もう。なんでこうなるかなぁ」


事の起こりは数日前、ボンゴレが支配下においている地域で、暴れ回っている勢力があった。地元の商売に口を出し、闇で薬物を売りさばき、果ては裏路地を血で染め上げた。
これは明らかにボンゴレファミリーに盾突く行為。
そんな愚かな真似をするファミリーがあるとは、にわかに信じられなかったが、ツナヨシが詳細な調査を命じるまでもなく、敵対ファミリーの名はすぐに知れた。
―――彼らがその町に置いていたボンゴレのアジトを急襲したのである。

そのファミリーの名はカルツォーネ・ファミリー。
数年前までは全くの無名のファミリーだったが、先代のボスを武力で排除し、現在のボスがファミリーを率いてから、急速に勢力を拡大しているファミリーである。
その現在のボスが、このドン・カルツォーネ。
年の頃は四十を過ぎ、頭髪に幾分か白いものが見えるものの、精悍な顔つきと相手を威圧する覇気はこの世界で名をあげてきた強者であることを見事にあらわしていた。

幸いにしてボンゴレ側に死者はでなかったものの、ボンゴレファミリーに対する明らかな敵対行為に、「抗戦だ」「殲滅戦だ」といきり立つ部下達を押さえて、いつ何時でも、余計な争いを好まないボンゴレ十代目は会談を申し込んだのだが。
その返事は『ドン・ボンゴレと護衛一人のみ来られたし。さもなくば会談は拒否する』という、ずいぶんとナメられたものだった。
すぐさま武器を片手に飛び出していきかねない守護者や部下達をなだめ、ツナヨシは相手の要求をのみ、ザンザス一人を護衛に従え、会談の場に訪れたのだったが。
殺気と覇気でツナヨシを威圧するドン・カルツォーネに対し、あくまで穏やかに撤退を求めるボンゴレ十代目は、与し易い相手と判断したのだろう、会談半ばにしてドン・カルツォーネは薄笑いを浮かべると、右手を軽く挙げた。
――――決別の瞬間。
ドン・カルツォーネの合図に、隣室で待機していた部下たちが発砲を開始。
会談の場は一転して、銃弾の飛び交う舞踏場と化した。


ツナヨシとザンザスは、すぐさま円卓を蹴倒しその影に隠れて現在の状況に至る。
さすがはマホガニー製。「高そうだなー」と思っていただけあって、蜂の巣状態にあっても会話を続けられるのは、この高級品のおかげだ。
しかしながらいくら高級品といっても所詮は円卓、なんとか銃弾を防いでくれてはいるものの、その限界も近い。
円卓の悲鳴を背後に聞きながら、遠い目をしたツナヨシが呟く。
「うう、何でこんな目に・・・」
穏便に話し合いで解決しようと、反対する守護者たちを説得し、わざわざ足を運んだのに、その結果がこの一方的な銃撃戦。
ため息の一つや二つつきたくなる。
カルツォーネファミリーは元より会談などするつもりもなかったこと。部下たちに過剰なまでに慕われるボンゴレ十代目を殺害し、その勢いで混乱するボンゴレを壊滅に持っていこうとしていること。
そんなあからさまな野望を、超直感を持つツナヨシが見抜けないはずがなかったのだが。
「ご自慢の超直感はどうした?ブラット・オブ・ボンゴレ」
ああ、なんて愉しそうな貌。紅い瞳がいっそう輝きを増している。
護衛任務なんて拒否するか、ばっくれるかと思っていたのだが、予想に反して文句も少なくついてきたのは、戦闘の気配を察知していたからか。
それならそうと早く言って欲しかった。
「・・・別に自慢じゃないし。それに超直感も不調な時だってあるよ」
『稀代の預言者』『血に愛されたブラット・オブ・ボンゴレ』などと、たいそうな称号はいただくものの、ツナヨシの超直感といえども万能ではない。不調もある。
例えば今日のように、体の内に響く『別の痛み』に煩わされている時などは。
本人の意思とは関係なく訪れる、不調の時。こればかりはどうすることもできない。不可抗力だ。むくれているツナヨシに何かを察したのか、あっさりとザンザスは納得する。
「・・・なるほどな」
「なっ、いま何考えた!?」
あまりの察しの良さに、逆にあわててしまうツナヨシだった。ジッとツナヨシを捕らえる紅い瞳に逃げ出したくなるが、ぐっとガマン。
なにせ、銃撃されている真っ最中だ。
ジト目でザンザスを睨みながらツナヨシも尋ねる。
「ちなみに、そっちの超直感は何て?」
「今日のてめーは役にたたねぇ」
「アタリかも・・・」
しおしおと小さくなるツナヨシ。
本当にコレがボンゴレ十代目か。呆れもするが、疑いようもない事実。

だが次の瞬間、ザンザスの背筋を電流が駆け抜けた。
かたわらの少女の纏う空気が一変する。
ピリピリと肌を刺激する覇気にザンザスがニヤリと野太い笑みを浮かべる。
「・・・けど、役に立たなくても、あいつだけは押さえる」
強い意志をこめた彼女の言葉に呼応して、ツナヨシの両手に鮮烈な炎が宿る。
すっと見開かれた瞳は、いつもの薄茶色から澄み切ったオレンジに金が踊る複雑な混合色。
先ほどまでの気弱で脆弱な姿は一転し、血と炎に愛された王が婉然と笑みを浮かべる。
目の覚めるような鮮やかな変身。
―――これこそが、ドン・ボンゴレ。



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