だが次の瞬間、薄れゆく炎と煙の中から、小柄な人影が飛び出した。
――――死ぬ気のゼロ地点突破・改か!
かつてリング争奪戦の折に編み出されたボンゴレ・デーチモの必殺技。相手の炎を吸収し自らのエネルギーに変えてしまうという、離れ業である。
ゼロ地点突破・改でザンザスの炎弾を吸収したツナヨシは、両手の炎を噴射し一気に加速する。一瞬のうちにザンザスの間合いに侵入すると、間近に彼の紅い双眸を捕らえたツナヨシは婉然と笑みを浮かべた。
「ちっ」
こと機動力においては、ザンザスに分が悪い。なおかつ現状、両手は拳銃で塞がっており、炎で直接攻撃することもままならない。
パワーではザンザスに劣るものの、スピードならツナヨシが上だ。
一気にザンザスに肉薄したツナヨシは、その勢いのまま思いっきり、お返しとばかりにザンザスを殴り飛ばした。
「ぐっ」
――――あの細腕で、ボスを殴りとばすとは。
目を疑う光景だが、まぎれもない事実。
さすがに、ドン・ボンゴレは伊達じゃない。
吹っ飛ばされたザンザスは壁に叩きつけられてもその勢いは止まらず、ガラス窓をぶち破り室内につっこんでいく。
――――すなわちスクアーロ達が観戦している部屋にである。
「うわっ!」
「わーあぶないですー隊長ー」
わざとらしく危険を警告しながらもフランはスクアーロをわざとザンザスの進路へ蹴り飛ばしてたりする。
あわてて(?)避難するベル達のすぐ側をザンザスの体が吹き飛び、テーブル、ソファ、ついでにスクアーロを薙払って、壁に衝突すると、やっとのことで停止したのだった。
「ボス、大丈夫かい?」
マーモンが瓦礫の塊と化したザンザスにおそるおそる声をかけていると、続いてツナヨシも飛び込んで来た。
瓦礫をはらいのけ、ふらつく頭を押さえて体をおこしたザンザスの一瞬の隙を逃さず、ツナヨシは彼の腹に乗りあげ、そのまま押さえ込む。
いわゆる、マウントポジションというやつだ。
そうして、ビシッとザンザスの鼻先に拳を突きつけ、ツナヨシは決着を宣言した。
「オレの勝ちだ!ザンザス」
「ちっ」
互いに裂傷、擦過傷、火傷に打撲、その他諸々。満身創痍のズタボロだ。
だがゼイハアと肩で息をしながらも、ツナヨシは何とか勝利を手に入れたのだった。
一方のザンザスと言えば、非常に不服な表情である。
憮然と口元を歪めて、じっとりとツナヨシを睨み付ける。
「そんな顔しても無駄だからな。きっちり『改善指導通知』出してやる」
ひとまず傍迷惑なボディートークは終わったと見て、遠巻きに二人を眺めていた面々も近づいて来た。
「どうやら、話はついたみたいだね」
「ずいぶんとーバイオレンスな話し合いですねー」
「ししし、にしてもツナヨシすげー格好」
「はぁ?」
ベルの言葉にキョトンと首を傾げるツナヨシだったが。
改めて自分の格好を見下ろしてみれば、仰向けに倒れたザンザスの腹の上に跨っているわけで。なおかつツナヨシ本人は気付いていないが、激しい運動に白い肌はほんのりと紅く染まり艶めいて、加えて着衣も乱れに乱れきっている。
――――傍目に見ても、何というか非常にいかがわしい光景だ。
「なっ!」
慌ててザンザスから下りようと動いたツナヨシだったが、上半身を起こしたザンザスは素早くツナヨシの腕をつかんで引き留める。
そして、正面からジッとツナヨシを眺めると、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。
「・・・悪くねぇ」
「へ?」
ぐいっと力任せに腕をひっぱられ、あっと思う間もなく視界が反転する。
先ほどと変わらず、目の前にはザンザスの貌。だが、彼の背後には豪奢なシャンデリアが、華麗な装飾を施した天井が見えて。対する自分の背中には硬い床の感触。
どういうつもりだ、と抗議に開いた口に、噛みつくような口づけが降ってきた。
熱い吐息が唇をくすぐって、開いた隙間に舌が侵入する。
「んぅ!んんーー!!」
突然の狼藉に驚愕したものの、ハッと我にかえったツナヨシはバシバシとザンザスの体を叩いているが、それで見逃してくれるような男ではない。加えてこのウェイト差は如何ともしがたく、のしかかられたツナヨシは床とザンザスとの間に縫い止められ、じたばたと拙い抵抗を続けるのみ。
「ぷはっ!なにすんだよ、ザンザス!!」
先ほどまでの勢いはどこへやら、こと、こういう方面ではめっぽう弱いツナヨシは途端に慌てふためき逃げ腰だ。
「あぁ?監査なんてめんどくせぇもんにつき合ってやったんだ、今度はオレにつきあえよ」
「いや、それ、ぜったい違うから。理屈がおかしすぎる!!」
ツナヨシの必死のツッコミなどお構いなしに、ごそごそと服の中に男の手が侵入してくる。体をイロイロとまさぐられて、ツナヨシは青くなったり、赤くなったり。
「ひっ!ちょ、どこ触って・・・やっ、助けて!スクアーロ!!ベル!!マーモン!!フラン!!」
ジタバタとあがきながら、救いの手を伸ばすツナヨシに、
「う゛ぉぉぉい、勘弁しろぉ」
やっと瓦礫の山から復活したかと思えば、この騒動。剣を捧げた主とこの先起こるであろう厄介事の板挟みに、頭を抱えて苦悩するスクアーロ。
「ムリ。王子も命惜しいし」
あっさりと、切り捨ててくれるベルフェゴール。さすがはプリンス・ザ・リッパー。
「ボス、幻覚で結界張ろうか?ついでにSランク2回分で守護者共も誤魔化しておいてあげるよ?」
金に目がくらみ、易々とツナヨシを売り払うマーモン。
「んーたしかにーボンゴレ十代目がボスに喰われたとなるとーミーの師匠がイロイロうるさいですけどー」
「フラン!」
「ミーがめんどくさいからヤですー」
かすかな希望にしがみつこうとした途端これだ。さすがはムクロの弟子。さすがはヴァリアー幹部(新入り)。
――――パタリとツナヨシの手が床に落ちた。
ここに最後の希望も消え去った。それはもうすっぱり、きれいさっぱりと。
かくいう間に、いい加減我慢の限界を超えたザンザス(なにせ彼は非常に短気である)は、手荒にツナヨシの着衣を剥きはじめる。
ビリビリと力任せに破かれたシャツだの、ボタンだのが宙に飛んで。
「ぎゃあぁぁぁぁっぁぁ」
「るせぇ」
黒い獣は獰猛な笑みを一層深くすると、ツナヨシの頬をペロリと舐める。
「っ!」
ピリリと頬にはしった痛みに、ツナヨシの体がはねる。
(へっ?あ、傷舐めたのか。もしかして服とったのも手当・・・とか?)
過剰な反応だったのかと、恐る恐るザンザスを見上げると紅い眼がゆっくりと細められる。
それはもう愉しげに、愉しげに。
(いやこれは・・・明らかに『食事』だぁ!)
その眼に浮かぶ欲情に気付いたツナヨシは、もはや半泣きだ。
「まあ、仲良くやろうぜ」
「や、ちょ!何をだよ!」
「ナニを」
「やだ!やめろっ、ザン・・・あっ、ん、やめっ、ザンザス!」
声だけならば非常に艶めかしく、悩まし気な声をあげてツナヨシはあがく。
「う゛ぉい、ボス」
スクアーロのげんなりとした制止の声にもザンザスが一瞥を向けることはなく、ぞんざいに後ろ手を振る。
――――要するに、『散れ』と命じているワケで。
「ったく。このクソボスがぁ!」
「じゃ、ボクらもさっさと退散しようか」
「焼きゴテ押されたくないし」
「さんせーですー」
スクアーロは腹立ち紛れにドカッと扉を蹴り開ける。続いてぞろぞろと部屋を後にするヴァリアー幹部達。彼らだってすき好んでボスの怒りを喰らいたいわけはない。
さすがはヴァリアークオリティ、音一つ立てることなく無情にも待機室の扉は閉められた。
「ちょ!嘘だろ?や、あぁぁぁあああああーーーー」
後には哀れな獲物の悲鳴が響き渡るのみ。
END.