2010.12.24
聖なる夜に口づけを





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


こみ上げる熱に揺れる意識と必死に闘うツナヨシの耳に、扉の向こうで言い争う声が聞こえてきた。
「なはは。でもさ、同じ事思いつくなんて、やっぱオレたちいいコンビだよな」
「て、めぇ。うすら寒いこと言ってんじゃねぇ!いいか、お前はついでだ。ついで。あくまでオレが発案者だからなっ」
「・・・獄寺って、案外セコイのな」
「なんだと、この野球バカがっ」
「しー!ツナ起きちまうぜ?」
「ったく、いいか山本。静かに、そっと、可及的速やかに目的を達成すんぞ」
「ん、オッケ。枕元にプレゼントを置いてけばいいんだろ?ツナ喜ぶだろーな」
「いくぞ」
ガチャリと寝室の扉は開かれた。
そうして、部屋に足を踏み入れたツナヨシの<嵐>の守護者・獄寺隼人と<雨>の守護者・山本武(どこで調達したのかサンタの衣装だ)の視界に飛び込んできたのが、ベッドの上でツナヨシに跨っているリボーンの姿だった。
おまけにツナヨシのパジャマは剥かれて乱れて、白い肌が闇に浮かびあがる。両手はしっかりとリボーンのそれに拘束されて、火照った肌に潤んだ瞳、たまらず喘ぐ吐息は甘く、切なげで。
―――――とてつもなく、目に毒な光景だ。
「なっ!十代目!!リボーンさん、何してんッスか!!」
獄寺は半裸に剥かれたツナヨシを視認するなり、ぶはっと鼻血を噴き出して。
「お、小僧。プロレスごっこか?オレも混ぜてくれよ」
山本は相変わらずのズレた発言だが、その目はがっちりとツナヨシに固定だ。なんというか、『記録』という単語がしっくりくる視線だったりする。
二人の反応がどうであれ、『渡りに船』とはこのことだ。
ハッと我に返ったツナヨシは、必死に救いを求めて手を伸ばす。いや実際には、両手はリボーンに拘束されてるから、声だったのだけど。
「ご、獄寺くん!山本!助けてっ」
敬愛する十代目の救いの声を、親友のSOSを、拒むことなどできようはずがない。
「十代目!」
「ツナ!」
愛用のダイナマイトと時雨金時を構えた二人に、リボーンは愉しげに嗤う。
「いいぜ、かかって来いよ。獄寺、山本」
「リボーンさん・・・」
「小僧・・・」
「手加減はしてやらねぇがな」
どこから取り出したのか、手早くツナヨシを手錠でベッドに拘束すると、リボーンはゆっくりと立ち上がった。


――――最強の殺し屋ヒットマン、復活の名を持つ黒衣の死神。
畏怖の念をもって囁かれる通り名と、数々の伝説に語られるこの男を相手に、二人がかりは卑怯などと言っている余裕は、自分たちにはない。
立ちふさがる強大な壁にゴクリと喉をならすと、獄寺と山本は動いた。
「いくぜ!!」
「おう!」
時雨金時の刃を抜いた山本が駆ける。同時に獄寺は大量のダイナマイトをリボーンに投げつけた。
「果て・・・てください、リボーンさん!ロケット・ボム!!」
いつもの決めセリフにも、相手が相手なのかどこか勢いがない。だが、繰り出される技は相変わらず凄まじい。空間自体を埋め尽くすように投げ込まれたダイナマイトは、変則的な動きに加えて、時間差で爆発するよう導線にも改良済みだ。一つの爆発がいくつものダイナマイトを誘爆。次々に連鎖反応を起こした爆発は最終的には何十倍もの威力に膨れ上がる。相手に一切隙を与えない怒濤の攻撃、まさしく嵐の攻めだ。
「ふ、甘ぇな」
だが、リボーンは顔色ひとつ変えることはなく、銃の引き金を引くと迫り来る大量のダイナマイトを次々と打ち落とす。
『最強』の二文字は伊達ではない。
さっさとダイナマイトを片づけたリボーンは、獄寺に銃口を向ける。
「くっ、させるかよ!」
咄嗟に獄寺はミニボムを誘爆させると、煙に紛れて床を蹴り後退する。追ってリボーンも一歩足を踏み出すが、その瞬間、爆煙の中から人影が飛び出した。
「いくぜ、小僧!時雨蒼燕流・・・攻式八の型・篠つく雨!!」
ダイナマイトの煙幕に身を潜ませて、リボーンの間合いに入った山本が刀をふるう。
キンッと硬質な音が響いて、薄れゆく煙の中に組み合う二つの人影。
武器を十手に変身させて刀を受け止めたリボーンと、対峙する山本だ。間近に視線を交えた二人はニヤリと嗤って。
「やっぱ、さすがだな」
「なかなか、いいコンビプレーだぞ」
「まだまだ、これからだぜ!はっ!!」
さらに繰り出される鋭い斬撃。けれど、リボーンは器用にもリーチの短い十手で受け流す。
「なら、これでどうだ!――――攻式十の型・鮫衝撃アタッコ・ディ・スクアーロ!!」
「ちっ」
さすがに激しい衝撃波すべてを受け流すことはできず、ぐらりとリボーンの体が傾ぐ。
「獄寺!」
「るせぇ、言われなくても準備万端だぜっ」
山本から距離を取り飛びずさって後退したリボーンの足元には、転がるダイナマイト。
いつの間に仕掛けられていたのか、戦闘の先を読んで仕掛けた獄寺が吠える。
「これで終わりだぜ!」
「・・・いや、まだだぞ」
タトンとリボーンは軽々と着地すると、散らばるダイナマイトを器用に足で蹴り飛ばした。
「「んな!!」」
――――何という身のこなし。
蹴り飛ばされたダイナマイト、それが向かう先は暖炉だ。本格的な石組み作りで、実際に薪を燃やして使用できるのだが、空調の整ったボンゴレ屋敷では使用されていない。
その暖炉にダイナマイトは見事に飛び込み―――――爆発した。


「極限、何事かーーーー!!」
「ぎゃぴーーーーー!!」
ドスンと何かが落下して、もくもくと煙を吐き出す暖炉から転がり出てきたのは全身煤だらけの真っ黒い凸凹コンビ。汚れて破れてはっきりとわからないが、どうやらサンタの格好をしたツナヨシの<晴>と<雷>の守護者である、笹川了平とランボだった。
「了平さん!ランボ!そんなとこで何してるんだよっ、二人とも」
おそらくは、先ほどの爆発の余波を受け煙突から落下してきたのだろう。たいしたケガもない(というか、あれだけの爆発でなぜ無事なのか、はなはだ疑問だが)様子で埃をはたいて立ち上がると、エヘンと胸を反らせて宣言する。
「うむ、なにせクリスマスだからな。常日頃がんばっている沢田をねぎらってやろうと忍び込んできたのだ!さっきの爆発でプレゼントは燃えてしまったがなっ!!」
「ランボさんは、プレゼントもらいに来てやったんだもんね!ツナ、プレゼントくれ!!今すぐくれー」
ボロ布となった元・サンタ袋をプラプラと振る了平とあたりを駆け回るランボのゴーイングマイウェイ&能天気な空気に当てられて、先ほどまでの息もつけない戦いの緊張感はきれい、さっぱり消え失せた。
「・・・てめぇ、この芝生頭とアホ牛のボケコンビが!!すっこんでろ」
「なにおぅ、タコヘッド。極限にプンスカだぞ!」
「そーだもんね!アホ寺」
「まあまあ、落ち着いて」
睨み合う了平・ランボの凸凹コンビと獄寺、それをなだめる山本、お馴染みの光景だ。
「ところでお前たち、沢田の部屋で一体何をしてるのだ?」
そう言って了平がキョロキョロと辺りを見回すと、肩をすくめながらもその手に銃をもて遊ぶリボーンに、抜き身の刀をぶら下げた山本、壊れて吹き飛んだサイドテーブルに、破損した調度品の数々、室内には獄寺のダイナマイトの煙がたちこめていて。
「おう、そうか!異種格闘ハイブリッド相撲大会だな!!極限にオレも参加するぞーーー!!」
「え、何々?ランボさんも出るんだもんね!優勝賞品独り占めだもんねっ」
勝手にギャイギャイと盛り上がり、さらなる騒動に発展していく光景を前にして、クラリとツナヨシは眩暈に揺れる。
(ああ、もう、余計大変なことに・・・)


限界をとうに越えた睡魔と疲労に、がっくりと首を落としたツナヨシだったが、次の瞬間、ぞわり、と全身に鳥肌が立った。
(な!この感覚は・・・)
「くふふ、随分と賑やかですね」
艶めいた美声が響いて、ゆらりと空間がねじれ歪んだかと思うと、青白い霧が部屋に発生した。そうして、ツナヨシのすぐ側に集束していく霧の中から現れたのは、奇抜な髪型が特徴的な長身。ツナヨシの、<霧>の守護者である六道骸だった。お得意の幻覚で、ご丁寧にサンタの衣装まで再現している。
「な!ムクロ!!・・・・オレ、すっぱり、きっぱり、微塵も呼んでないぞ?」
「・・・相変わらずつれないですね、ツナヨシ君。まあいでしょう。散歩をしていたら、ちょうどキミの側まで来たものですから、寄ってみました」
『いらん』、『迷惑だ』、『帰れ』という感情を隠しもしない、ツナヨシの冷たい視線など露とも気にせず、ムクロは喜々としてベッドに腰掛けると、手錠で繋がれたツナヨシの頬をそっと撫でてゆく。
「くふふ。ですが、これは良い時に来ました」
「ちょ、ムクロ!」
くすぐったさにツナヨシは身をよじって彼の手を避けるが、拘束されていては思うように動けない。それをいいことに、ムクロはさらに挑発的に手を進める。


が、その時。彼らのすぐ横の壁が吹き飛んだ。
外側から見事に粉砕されて、カラカラと崩れ落ちる壁(いちおう衝撃に耐性のある特殊素材なのだが)を踏み越えて侵入してきたのは、誰であろう『ボンゴレの歩く最凶』、<雲>の守護者・雲雀恭弥であった。
「何してるの、君たち。夜中に群れてるなんて、許さないよ」
ジャキッと両手にトンファーを構えた彼も、何故かサンタの衣装を着用だったりする。
「ひぃ、ヒバリさん!!」
恐怖に引きつるツナヨシとは対照的に、了平はいたって呑気に声をかける。
「おう、雲雀か!これで守護者が全員揃ったな。なに、ハイブリット相撲大会だぞ!お前も参加するだろう?」
了平の言葉に、ムクロはベッドにつながれたツナヨシをじっとりと見つめると、フムと一つ頷いて。
「なるほど、このバトルで勝ち残った者がツナヨシ君をいただくという訳ですか。いいでしょう」
「相手にとって不足はないね。咬み殺す」
愉快でたまらないというように、ムクロはクスクスと笑って三叉槍を出現させ、一方のヒバリもまたトンファーを構えなおして婉然と微笑む。
「ちょっと待て!いつからそんなルールになったんだよっ!!」
勝手に優勝賞品にされたツナヨシは冗談ではない。


と、そこへバルコニーから窓を突き破ってさらなる新手の登場だ。
「う゛ぉぉぉぉい!ツナヨシ・・・ぶべっ!って、何しやがんだ!!このクソボスがぁ」
「るせぇ、のけ」
ガラス窓を切り裂いて颯爽と登場したスクアーロだったが、ザンザスに蹴り飛ばされ床に衝突。そのスクアーロを踏み越えて、ザンザスを筆頭に侵入してくるのはお馴染みの面々、ボンゴレが誇る独立暗殺部隊ヴァリアーの幹部たちである。
「ザンザス!マーモン、ベル、レヴィにルッスーリア!なんでお前たちが・・・」
いつもの真っ黒なコートも、今日だけは赤い。いや、微妙に赤黒い?
一体、その赤は何なんだ!?と、ツッコミたいが超直感が『聞くな』と囁く。
「任務完了の報告だよ。報酬ちゃんと振り込んでね、ツナヨシ」
「って、夜中に来んなよ!!んでもって、来るたび窓壊すなよっ!」
「ししし。なんだか、おもしろそうな事やってんじゃん。王子も混ざってあげるよ」
「不本意だが、ボスに最高のプレゼントを献上するためだ」
「あら〜ん、了ちゃんったら、お部屋に居ないと思ったらこんなトコにいたのねぇ〜お・持・ち・帰・り・決定だわ〜」
「待ちな!てめーらにゃ、十代目は渡さねぇぜ」
「オレも譲る気はないのな」
「う゛ぉぉぉい、それはオレに勝ってから言うんだな」
「しょ、賞品は、ラ、ランボさんがもらうんだもんね」
「極限勝負だぁーーー!!」
「くふふ、ちょうどいい。目障りな連中も一緒に片づけてしまいましょう」
「全員まとめて咬み殺す」
「ふっ、ダメツナ。てめーも随分成長したもんだな。これだけの男を手玉にとるとは」
「これっぽちも、嬉しくねぇよ!!」
睨み合い、意気揚々と武器を手にする面々に、あっという間に部屋の殺気が膨れ上がる。
「は、かっ消えろ!!」
そうしてザンザスの声を合図に、イタリアマフィア界屈指の男たちが激突した。


家庭教師に、守護者に、暗殺部隊をも巻き込んで、大乱闘の始まりだ。
あっという間に寝室はベッドを除いて壊滅状態。もう、心底泣きたい。
(・・・ああ、オレもう我が儘なんて言いません。贅沢も言いません)
世界中に愛と夢を届ける素敵なアナタ。
どうか、このささやかな願いを聞き届けて欲しい。
―――――お願い。サンタさん・・・・頼むから、寝かせてくれ!!
ツナヨシは枕を掴むとギュッと頭に押しつけて、背後に流れる怒号に銃声、爆発音に剣戟音、ありとあらゆる破滅の音を無視しようと努力した。

Very Merry X’mas!!


END.