ちいさく前にならえ #05



第3章:サワダツナヨシは今日も学習しない

「あ、おかえり。着替え置いといたんだけど、わかった?
さっきルッスーリアが届け・・・・て、どうしたのさ?それ」
コトン、コトンと卓上に食器をセッティングしていたツナヨシは、扉口に現れた気配に振り返った。そして顔を上げたツナヨシが見たものは。
お風呂に入ってすっきり、さっぱりしたはずの三人組ではなく、どことなくボロっと、よれっとしている獄寺、山本と、いっそう眉間のしわを深めた不機嫌極まりないザンザスの組み合わせだった。
「いや、ちょっとな・・・」
なはは、と笑う山本の顔には、青痣がいくつか。憮然と佇む獄寺も一房髪の先が焦げている。一体、何が、どうなると、お風呂に行ってこうなるのだ。これが、男同士の裸のつき合いってものなのだろうか。
(気にはなるが、ツッコんではいけない。うん、きっと気のせい。目の錯覚だ)
厄介事は極力考えない方針のツナヨシはセッティングを再開する。かちゃ、かちゃと今度はお箸を並べていく。
「もう少しでご飯できるから、ちょっと待ってね」
「おっ、ツナのエプロン姿。すっげかわいいのな」
「十代目の手作りッスか!!恐縮です!!」
エプロン姿のツナヨシに沈んだテンションも一気に上昇する山本と獄寺だったが、
「え、いや。私じゃなくて」
「う゛ぉぉぉい、鍋そっち持ってくぞ!」
でかい声とともに登場したのは、
割烹着に三角巾、両手に布巾をあててドでかい鍋を持ってきたスクアーロだった。
「「「「・・・・・」」」」
――――おかんだ。おかんがいる。
何というか、非常に目に痛い光景だった。だいたい、スクアーロサイズの割烹着なんてどっから調達してきたのだろうか。これが暗殺部隊の作戦隊長?二代目・剣帝?
ツナヨシを含め、なんだかちょっぴり涙がでちゃう面々だった。

ともあれ、本日の夕食はすき焼きである。
外国人がこぞって好む、代表的な日本食だ。そして、すき焼き=鍋と言えばやっぱり炬燵だろう。初代をはじめ、ボンゴレファミリーは基本的に親日派である。ましてや当代のドン・ボンゴレは日本人だ。ゆえに、本部で出される食事も日本食の割合は多いし、外見は至って洋風の屋敷だが、中にはこんな一室も作られていた。
―――――畳、床の間、掘り炬燵、座布団にテレビ。
まるっきり日本の庶民的一般住宅な和室である。
その掘り炬燵には、鍋を囲んで時計回りに、ツナヨシ、ザンザス、スクアーロ、山本、獄寺が座る。卓上にはグツグツと音をたて煮えるすき焼き鍋。白菜、長ネギ、しらたき、豆腐、麩、牛肉、しめじ、旬の食材に甘辛い味がよくなじんで空腹を刺激する。
「いやー、やっぱり大人数だとお鍋も楽しいね」
とき卵に潜らせた豆腐をはふはふと頬張りながらツナヨシはご機嫌だ。
「そうっすね。あ、十代目こっちの肉、もう煮えましたよ」
「あ、ありがとー獄寺くん」
「これスクアーロが作ったんだろ?うまいよなー」
「うるせぇぞぉ、いいから黙って喰いやがれ」
わいわいと賑やかな光景。
とてもマフィアだとは思えぬ団欒の中、ザンザスといえば、箸に苦戦中だった。普段の彼ならば箸など苦もなく扱いもするが、なにせ今は体が縮んでいる。身体的感覚の差異に加えて、その小さい手ではうまく箸を扱うことができないのだろう。イライラを募らせていたザンザスは、ポイとお箸を投げ捨てると、ツナヨシに一言。
「おい、肉」
「あ、うん」
ひょいひょいと鍋から牛肉を小鉢に取ったツナヨシは、ふー、ふーと冷まして
「はい、あーん」
「ん」
「おいし?」
「悪くねぇ」
「「「・・・」」」
――――何その新婚熱々バカップルみたいな空気は。
あり得ない光景だった。
何度も言うが、ツナヨシ、それはザンザスだ。
あまりの衝撃的な映像に獄寺の手に力が入る。彼の手に握られていた箸はバキッと音をたて殉職あそばした。合掌。さらには、山本が手に持っていた小鉢もバキャッと瞬時に粉砕。再び合掌。
彼らの煮えたぎる思いは、卓上の鍋など遙かに凌駕していた。ゴォォォォと背後に、仁王なり阿修羅なりの残像スタンドを背負った獄寺と山本に、室内温度は急激に上昇していく。
にわかに一部の人間のみ、寒さとか熱さとかイロイロな意味で、我慢大会会場と化した部屋でスクアーロは願った。
(マーモン、頼むから早く帰ってきてくれ・・・)
―――――かつてこれほど、あの守銭奴な同僚を待ちわびた事はなかった。

そんなこんなで、一部の人間にとっては非常に精神的苦痛を伴った『楽しい夕食』も終わって、炬燵をかこんで呑気にテレビなんぞを見てたりする。
卓上にはミカンにお煎餅、緑茶の入った湯飲み。テレビ画面には日本のバラエティ番組が放映されている。なごやかな食後の風景だ。
満腹、満足でご機嫌なツナヨシの膝にはザンザスがちょこんと乗っかっており、つまりはツナヨシがザンザスを抱えている格好である。ツナヨシの視線はテレビに向けられながらも、その手はミカンの皮を剥いてはザンザスの口元へ運んでいく。まるで、雛にエサを運ぶ親鳥のようだ。対するザンザスはツナヨシの膝の上で偉そうにふんぞりかえっている。
甲斐甲斐しく世話を焼くツナヨシと、それを当然のように享受するザンザス。
その光景に獄寺の顔面筋肉はヒクヒクと痙攣し、こめかみには青筋が浮き上がっている。煮えたぎる血の熱さに血管は限界寸前だ。
そんな獄寺には気付かず、新たなミカンに手を伸ばしたツナヨシは、視線を向けた先に彼の奇行を目撃し、ぎょっと驚きおそるおそる声をかけた。
「あ、あのさ、獄寺君。それ大丈夫なの?」
「何がですか?十代目。いやーうまいですね、この煎餅」
「いや、どう見ても湯飲みだよね?」
バリバリと湯飲みをかみ砕く彼の口からは、だらだらと血が流れているが一向に気にする様子はない。ニッコリと微笑みかえしてくれるが、はっきり言って怖い。怖すぎる。
(・・・うん、気のせい、気のせい)
事なかれ主義を貫くべくツナヨシは、瞬時に錯覚だと己に言い聞かせた。
そんなツナヨシと守護者との掛け合いをくだらなそうに見ていたザンザスだったが、じんわりと訪れた睡魔に「くわぁ」とあくびをひとつ。それに気付いたツナヨシは、ひょいと彼を抱き上げた。
「あ、眠い?じゃあ、もう寝よっか」
「カスが。てめぇの言葉に責任もてよ」
ザンザスの呆れた眼差しに、ツナヨシが反論する。
「な、平気だよ。ベッド、キングサイズだし。いくら寝相が悪いたって、蹴飛ばさないよ」
相変わらずの鈍い答えに、ザンザスは鼻で笑う。
「ふん、まあいい」
「なんだよ、もう。じゃあ、先に休むね。おやすみ」
「ああ、十代目ぇぇえぇ」
「ツナ・・・」
血の吐く思いで伸ばされた獄寺と山本の手は、ツナヨシには届くことはなく。スクアーロに至っては終始無言、虚ろな表情だ。もう少しで悟りなんか開けそうな感じが漂っている。
そんな彼らの心労など知る由もなく、無情にも扉はパタンと音を立てて閉じられたのだった。
「・・・オレ、酒持ってくるのな」
「一番上等のにしろよぉ」
「十代目が十代目が十代目が十代目が・・・」
――――やけ酒でも飲まねばやってられなかった。
かくして非常にヤサぐれた空気の中、悶々と眠れぬ夜を過ごした守護者と作戦隊長なのでであった。