ちいさく前にならえ #03



第2章:騒動の影に『虹』の姿あり

今朝のことだ。
といっても、時計の針はもう昼に近いのだが。(なにせ彼ら暗殺部隊は夜行性なので)
いつものように我らがボスを起こそうと、ザンザスの寝室に向かったのは独立暗殺部隊ヴァリアーの作戦隊長であり、二代目・剣帝のスペルビ・スクアーロだった。
彼は、カツコツと闊達な足音を響かせ廊下を進むと目的の部屋に入室。勢いよくカーテンを開け放った。
「う゛おぉぉぉい!ボス起きろぉ」
朝の光が射し込んだ室内。主の性格を見事に表現している寝室には、無駄なものは一切ない。最奥にドデンと置かれたキングサイズのベッド、サイドテーブル、壁際には高級酒が収められたチェスト。シンプルながら、家具それぞれは非常に豪奢で高級なつくりだ。
スクアーロはいまだ起きぬ主を叩き起こすべく、ベッドサイドに歩み寄った。
だが、天蓋から降りるカーテンを無造作にはらい、のぞき込んだベッドには
――――ザンザスの姿はなかった。
代わりに、ちんまりと小山がひとつ。
「んん?」
不審に思った彼は強引にシーツをひっぺがす。
と、そこには―――――

「で、この子がいたわけね」
ソファセットに場所を移して、経過を聞いていたツナヨシは深いため息をついた。
同じく、ツナヨシの隣に座る獄寺、山本は何とも微妙な表情だ。
そんな彼らに対面したロングソファにはスクアーロとマーモンが、ツナヨシの隣の一人掛け用にはザンザスが座っている。ちなみにレヴィ、ベルフェゴール、ルッスーリアは諸々の事情からヴァリアーのアジトで留守番だ。
ともあれ。
「ボスの部屋にこいつが落ちてた。てめぇが寄越したもんだろうが」
そう言ってスクアーロが取り出したのは、洋酒のボトルだった。
深い琥珀色のカッティングガラス。いかにも高級感漂う繊細で品のあるつくりである。
「んーーーーちょっと見せて」
確かに少し前、ツナヨシはザンザスに何本か洋酒を贈ったおぼえがある。
ドン・ボンゴレとして、取引先など諸々の方面からお酒をもらう機会はあるものの、ツナヨシ自身はあまりお酒を飲まない。というか、非常に燃費のよい体質をしているので、呑んでもグラス一杯でできあがってしまうのだ。ゆえに、いただき物の酒などは、それを嗜む人間に譲ることにしている。
先日、不本意ながらザンザスに『借り』をつくってしまったので、その返済に高級そうなお酒をセレクトして送っておいたが。
その内の一本だろうか?
「じゃ、このお酒が原因?何て書いてあるんだろ。
えっと・・・フォンテ・・デ・・・ビタ?」
ボトルを受け取り苦戦しながらもラベルを読んでいると、
「Fonte di vita」
未だにつたないイタリア語に呆れながらもスクアーロが助けを出す。
「どういう意味?」
「命の泉。つまり『若返りの泉』って意味さ」
その手の知識には詳しい、マーモンが横合いから補足を入れる。
「若返りの泉ぃ?」
「こいつをどこで手に入れた?」
「えっと、コレは確か先月リボーンが・・・・」
その単語を聞いたとたん、スクアーロは苦虫を100匹くらい噛み潰したかのように顔をしかめ、額に手を当て世を嘆く。マーモンは鼻で笑い。獄寺と山本は非常に生ぬるい苦笑を浮かべる。当のツナヨシの顔色も、見る見るうちに青ざめていく。
(そうだ、なんかリボーンがいつも以上にイキイキしながら持ってきたんだった)

記憶をザクザク掘り起こしていくと、
毎度のことながら、アポナシでボス執務室を強襲したツナヨシの家庭教師であり、最強の殺し屋ヒットマンであるリボーンは、めずらしくご機嫌な様子でいそいそとポケットからそのボトルを取り出した。
「ツナ、珍しい酒を手に入れたから、ご褒美にくれてやるぞ」
「ふうん、美味しいの?」
「いや味はしらねぇな」
では何が、この一流にうるさい家庭教師のお気に召したのか。首をかしげる教え子に彼は極上の笑みをうかべて囁いた。
「まぁ飲んでみろ。飲めばわかる」
そう言ってコトンとボトルを机に置くと、リボーンはご機嫌に帰っていった。
訳が分からず、ツナヨシはしばらくボトルを見つめていたが、山のように溜まっている書類仕事を片づけるべく、執務室の端、キャビネットに放り込んでおいたのだった。
それが、『借りの返済』として、ザンザスに渡ってしまったということだ。

(・・・・まさかこんな事になろうとは)
冷や汗をダラダラと流しながら、ツナヨシは苦悩する。
『珍しいお酒=希少価値がある=高級酒である=ザンザスの口に合う』
確かにリボーンという危険要素を加味しなかったのは、安易だったけれど。それにしても、『命の泉』?若返りの酒?そんなこと、わかるハズがない。
「なんつーもん、飲ませようとするんだ・・・」
ジト目でボトルを睨んで呟くツナヨシだったが、
「あ!」
「どうしました?十代目」
「いや、ここ。このラベルに印刷されてる泉の横に・・・」
「ああ、これはワニですね」
「それも、丸メガネかけてんぜ。なんかおもしろい顔してんのな」
「・・・・まさか」
――――ワニ。丸メガネ。怪しげな酒。飲めば若返り。
このキーワードから連想するのは、ただ一人。リボーンと同じく『虹』の一員で、緑のアルコバレーノ、比類無き狂科学者・ヴェルデしかいないだろう。
おそらく、ヴェルデが作った実験品をリボーンが買い取って、ツナヨシに持ってきたという所か。ニヤリと歪んだ笑みを浮かべて取引する緑と黄のアルコバレーノの姿がリアルすぎるくらいに浮かぶ。
「「「「「・・・・」」」」」
まさかヴェルデ製だったとは。
執務室を微妙な沈黙が支配した。彼らの思いを声にするなら「またかよ」そして「やっぱろくでもねーな、アルコバレーノ」といった所だろう。
(そりゃ確かに珍しいよ!そしてはなはだ怪しいよ!!)
奇しくも飲むことを免れたツナヨシだったが、別の危険がすぐ側に迫っていた。
「おい、ツナヨシ。てめぇ、アルコバレーノが作った酒をオレに寄越したのか?あぁ?」
それまで沈黙を保っていたザンザスだったが、それは事態を静観しているからではなく、とっくに怒りの臨界点を突破してしまっていたからだった。ブチ切れたザンザスは右手に本日最大の『憤怒の炎』を凝縮させる。本気で殺る気のザンザスに、ツナヨシは心底怯えまくる。
「ひぃぃぃ!いや、まさかこんなことになるとは知らなくて。
と、とにかく。すぐリボーンに連絡とって解毒薬もらうから」
緑と黄のアルコバレーノが関与したとなれば、もはやコレは酒などではなく、立派な毒物。それも劇薬だ。あわあわと受話器を取り上げたツナヨシだったが、それを藍のアルコバレーノが制止した。
「待ちなよ、ツナヨシ。ボクがヴェルデの所まで行く。その方が早い」
「マーモン」
「だいたいツナヨシ、キミはリボーンの『巣』ねぐらを知っているのかい?仮に連絡がついたとして、アイツがボスのために協力するなんて考えられないね」
―――――そう言われると、確かに。