ひとつ箱の中 #03



「・・・・なるほどな」
自分の管轄下で、不審者の侵入か、警備体制の不備かと危惧すれば、何のことはないボンゴレファミリーお馴染みのボスじゃれ合い大会なのだ。
事の顛末に、コロネロの口元がヒクヒクとひきつる。
「どうせあのバカが言い出したんだろうが」
「はは、おっしゃる通りで」
彼らの脳裏には、むちゃぶりを繰り広げる家庭教師の姿が浮かんでいる。ニヤニヤと大変ムカつく笑みを浮かべた黒衣の男とは、後で話をつけるとして。
「というわけでさ、しばらくかくまってほしいんだ」
「かまわないぜ、コラ」
「さっすが、コロネロ。頼りになる」
ふにゃり、と微笑んだツナヨシにコロネロの体温は急上昇。
あわてて、ふいっと視線をそらしたコロネロだったが、ハタと状況を振り返ってみれば、
―――――密室にツナヨシと二人きりである。
しかも、コンテナの中は重火器類が格納されており、いくらツナヨシが小柄とはいえ大の男が二人も入れるスペースもなく、要するにコロネロがツナヨシを腕の中に抱きかかえている格好だ。
密着した華奢な体から、ほんのりと体温が伝わってきて。
ドクン、と心臓が跳ねあがる。
先ほどまでは、戦闘うんぬんで意識してなかったが、これは、なんというか・・・。
あらためて状況に気付いた瞬間、コロネロはボバン!と頭から湯気を出して硬直した。
「ん、コロネロ?」
彼の異変に気付いたツナヨシはもぞもぞと体勢を変えて、コロネロの顔を覗き込もうとするが、そのやわらかな感触だとか、首筋をくすぐるふわふわの髪だとかが、たまらない。
「っ!よせ」
「え、何?」
「っ、だから・・・」
かすれた声を聞き取ろうと、ツナヨシはさらに体を寄せる。
やわらかい体。ツナヨシの薄茶の髪がコロネロの口元をくすぐり、甘い香りにくらりと眩暈がする。密着した体と体、伝わる熱に、コロネロの体温はいやがおうにも上昇して。
思わず腕に力が入り、締め付けられたツナヨシは息苦しさに喘いだ。ため息ともつかぬ吐息が鎖骨に触れて、コロネロはギシッと硬直する。
夜目のきくコロネロには、この暗闇の中でもうっすらとツナヨシの姿が見えている。覗きこむように見上げる琥珀の瞳は、かすかな痛みと怯えに潤んで。壮絶な色香をまとっている。
思わずコロネロはゴクリと喉をならす。口の中はカラカラに干上がって、ドクン、ドクンと鼓動が早まる。
(これは、なんというか、非常にマズい・・・)
「う・・・あ、ツナ」
「何、コロネロ?聞こえないよ」
耳を近づけるつもりが目測を誤ったのか(この闇の中なら仕方ないことだか)ツナヨシの唇がコロネロの頬をかすめた。
そのかすかな感触にコロネロの体をビリビリと電流が駆け抜けた。
唇が触れた頬は、火傷したかのように熱く、熱く。
――――― 一気にコロネロに火をつけた。
(・・・げ、限界だぜ。コラ)
頭からプシューと湯気を立ち上げて、思考回路はショートする。
――――プッツン。
何もかも真っ白になったコロネロはぐいっとツナヨシの腕を掴み、さらに強く抱き寄せると噛みつくように口づけた。
「んむーーーー!!」
乱暴なキスに藻掻く華奢な体を軽々と押さえ込むと、コロネロはさらに深くツナヨシを求める。微かにひらいた唇の隙間から舌を差し入れ、ツナヨシのそれを絡めとる。
息もつかせぬ荒々しい抱擁に、ツナヨシはくらくらと目が眩んで。
無骨で硬派な鬼教官の突然の変貌に、ツナヨシの頭も真っ白だ。
そのコロネロは、ツナヨシのすべてを欲するかのように貪欲に、執拗に求め続ける。
「んぅ・・・ふ・・・」
悩ましげな甘い喘ぎが鼓膜を刺激し、胸板を押し返すかすかな抵抗は、いっそうコロネロに火をつけて。ツナヨシを抱く腕に力がこもる。


ピチャピチャと薄闇に響く生々しい水音に、ツナヨシは赤面する。
交わる互いの熱にすべてが溶けていって。
何が、どうなっているのかも、わからなくなる。
コロネロの大きな手がツナヨシのうなじをやさしく撫で、くすぐったさにツナヨシは身をよじる。銃器を扱う無骨な手は、まるで壊れ物に触れるかのように、慎重に、そっと触れていく。その手つきはいつもの鬼教官からは想像もできないほど、限りなくやさしくて、そしてかすかに震えていて。
そのわずかな怯えに気付いた瞬間、ツナヨシの体を何かが貫いた。
コロネロが、この青のアルコバレーノが
――――たまらなく愛おしい。
(ん、ヤバ・・・何コレ)
突如湧き上がった目の眩むような激しい感情に、ツナヨシはたまらずコロネロの背にしがみつく。ポロポロと涙がこぼれおち、ゾクゾクと言い知れぬ歓喜に体が震える。
「ん、はぁ・・・コロネロ」
「ツナ・・・・」
情熱的な口づけから解放されたツナヨシは、くったりと広い肩に頬をあずけて寄りかかる。
ツナヨシを支える腕はたくましく、精悍な顔つきはまさしく大人の男そのもので。
―――― 一体いつの間にこんなに大きくなったのか。
確かに、もうずいぶんと昔に身長は追い越されたのだけれど。
ツナヨシをじっと見つめる双眸は、真剣で、情熱的で、一途に想いを伝えてくる。真摯な眼差しには隠しようもないツナヨシへの恋情。
その深く澄んだ青に溺れてしまいそうだ。いや、もうすでに遅いのかもしれない。
「コロネロ・・・」
切なさと、愛おしさにその名を呟けば、ビクリと大きな肩をふるわせた。
そっと手をのばして彼の頬に触れれば、コロネロはためらいがちにその手に唇を寄せる。手のひらに、ついばむような口づけ。
忠誠を誓う騎士のような、優しく淡いキスに泣きたくなる。
自分の行動に気付いたのかコロネロは戸惑うように目を伏せて。青い瞳に長い影がおちる。
羞恥心に赤く染まった頬から指をすべらせ、薄い唇をそっとツナヨシの細い指がなぞっていく。
大人の顔をした臆病な子ども。大胆なのか、臆病なのか。
――――そんな所はあの頃のままだ。
途方に暮れた様子のコロネロに、くすくすとツナヨシは笑って。
「何がおかしいんだ、コラ」
ムッツリと睨み付ける彼に、ふにゃりと微笑むと、ツナヨシはゆっくりと唇を重ねた。
甘い、甘い、とろけるようなキスに酔いしれる。
「ツ・・ナ・・・」
こつんと額をあわせて、青い目を覗き込む。
不器用で愛しい、オレのアルコバレーノ。
――――世界に呪われた虹の欠片。
おずおずと確かめるように名前を呼んでくる、その仕草さえも愛おしくて。
「愛しているよ、オレのコロネロ」
ツナヨシはあふれる想いとともに、婉然と微笑みをかえした。



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