「じゃ、まずは触覚をメインにすえた幻術からだね。ちょっとコレ出してみなよ」
そう言ってマーモンが創り出したのは、フードにすっぽりと覆われた自身の顔面からウネウネと伸びる触手。それが青紫だったりすることや、モゾモゾと蠢いていることに加えて、仮にも赤ん坊の顔から無数の触手、なんというか根本的に受けつけない映像である。
(というか、顔からそんなもん生やすなよ・・・)
思っていても口には出さないツナヨシ(このあたりは長年のアルコバレーノたちとのつきあいで学習済みだ)とは対照的に、フランは素直に毒舌な感想を述べる。
「げっ、グロ・・・相変わらず〜えげつない幻術つかいますよね〜マーモン先輩」
「うるさい。さっさとしなよ。時は金なり、時間はタダじゃないんだからね」
「はぁ、ミーの主義には反するんですが〜んじゃ、こんなもんで・・・ほっ」
相変わらずやる気のないかけ声とは裏腹に、次の瞬間ツナヨシを拘束するロープは瞬く間に消えうせ、変わって無数の触手がツナヨシを縛り上げた。
「っ、うぎゃあ!」
空中につりあげられ、ギリギリと触手がツナヨシを締め付ける。窒息するほどではないものの適度に結構な力加減で、ツナヨシは苦しさに思わず喘いだ。
「う、あ、やめ」
「う〜ん、非常に艶めかしい光景です〜師匠が見たら鼻血ものです」
「ふん、まだまだだね。ちょっとその触手動かしてみなよ」
「え〜こんなかんじですか〜?」
マーモン先生の余計な指導を受けて、フランが幻術にアレンジを施す。触手がウネウネと蠢きはじめ、ツナヨシの体をまさぐり、あるとこないとこを撫でくりまわしてくれる。
「やぁ、ちょ、やめろって、フラン!」
体を締め付ける微妙な力加減と、きわどいラインをなぞられて、ツナヨシは青くなったり、赤くなったりと忙しい。
はぁ、と悩ましげな吐息をはいてツナヨシは抗議する。
「っ、これ、イヤだ」
うっすらと目尻に浮かぶ涙。熱と涙ににじんだ視界には、相変わらず無表情な霧の幻術使いたちが、何やらごそごそと支度をしていて。
「ねえキミ、幻術に集中しなよ。なんで突然カエルの角度調整してるんだい」
「マーモン先輩こそ〜その手にあるビデオカメラは何ですか〜」
「そういうお前も、そのカエルに何か仕掛けてるだろ。さっきから駆動音が耳障りなんだけど」
「「・・・」」
互いに無言かつ無表情のにらみ合い。ただ、この二人に一つ共通点があるならば、「己の得にならないことには労力を使わない」という信条だろう。さっさと、にらめっこを打ち切るとそれぞれの作業に戻ったのだった。すなわち、ツナヨシの画像の記録である。
「おっ、お前たち!いい加減にしろーーー!!」
「何を勘違いしてるんだい、サワダツナヨシ。これはちゃんとした修行なんだよ。フランの幻覚がちゃんと機械類までカバーできてるか、確認しないとね」
「そういうことなんで〜こっちは気にせず、思う存分喘いでください〜」
「できるか!」
「いいかい、使える画像に仕上げるためには触手の締め加減を適度に変えつつ、加えて一定のリズムではなく変則的に崩していくことが・・・・」
「はぁ〜なるほど〜そういう所はさすがですね〜マーモン先輩」
「・・・もういい」
相変わらず人並みあつかいされていないツナヨシをほっぽって、思う存分記録に勤しむマーモンとフランに、思わず涙がこぼれ落ちまくるツナヨシなのであった。
「ふん。まあこんなもんかな。フラン、幻術解いていいよ」
「うぃ〜了解です〜」
フランの幻術が解けるとともに、ドサリと音を立ててツナヨシはホールに落下した。
「ふぎゃ」
突然のことで受け身もとれず、腰をしたたかに打ったが、そんなことはもういい。ようやく触手から開放されたツナヨシは、情けなく地面にへたり込みゼイゼイと肩で息をしていたが、ヨロヨロと立ち上がり、何とか歩きかけたとたん。
「どこ行くのさ、サワダツナヨシ」
「え?や、もう修行終わっただろ?オレこれから会議だし、もう行く・・・」
「誰が終わりだって言ったのさ」
「ま、まさか」
ズリズリと後ずさるツナヨシに、歩み寄る恐怖の靴音×2。
「まだまだ、これからが始まりだよ」
「は〜い、本番いきま〜す」
そう言って霧の幻術使いたちは、ニヤリと口元に暗い笑みを浮かべたのだった。
「う、ぎゃぁああああああ」
再度、ロープでグルグル巻きにとっ捕まったツナヨシを見下ろして、マーモン先生は非常にはた迷惑な修行を再開した。
「次は、瞬間的デジタル記録に及ぼす幻術の精度を確認するか。フラン、彼の着衣を剥いて、別の衣装に変化させるんだ」
そう指示を出しながら、ゴソゴソとコートの中からデジタルカメラ(しかもやたらとごっつい玄人向けだ)を取り出し、偏光だの露出時間だのを計算しはじめるマーモンに。これから何がはじまるか超直感が直感するが、正直言ってそんなこと直感してても、したくない。
「うぃ〜了解です〜んじゃ、まずは定番からいきますか。ほいっと」
「ひぃいいいいい!やめてやめて、撮らないでぇぇえええ」
涙ながらにツナヨシが懇願するのも無理はない、フランの幻術によってツナヨシの着ていたダークスーツは瞬く間にフリフリのエプロンスカートへと変化したのである。
仮にも幻術なのだから、実際に着衣を脱がされたわけでも、エプロンスカートを着せられたわけでもないのだが。しかし、現実問題きっちりメイド服を着ている自分を視認してしまうわけである。もちろんカメラにもバッチリ収まっているだろう。
仮にも成人男性が、マフィアのトップである自分が。プライドも尊厳も木っ端みじんに打ち砕かれる光景だ。しかし、滂沱と涙を流しうちひしがれるツナヨシをよそに、次々と衣装はチェンジされていく。そう、要するに彼らにとってツナヨシは等身大の着せ替え人形なわけである。
「次はナース服でどうでしょうか〜」
「ラインナップが甘いね。そこは、並盛中学の女子体操服でも着せなよ」
「先輩〜マニアックすぎます〜」
「希少なものほど価値がつくんだよ」
などなど、明らかにツナヨシの人権とか尊厳とかは黙殺されて、即席『サワダツナヨシ(一方的な)コスプレ大会』は勝手に開催、そして終了した。
「マ、マーモン」
もはや色々な意味で、精根尽き果てぐったりと床にのびるツナヨシに、非常にめずらしくこの藍のアルコバレーノはご機嫌に声をかける。
「ご苦労だったね、サワダツナヨシ。おかげでフランの幻術もずいぶん上達したよ」
「うぃ〜ミーもなんだか〜新技を体得した感じです〜名付けて『着せ替え人形フルコース』今度アホのロン毛隊長に試してみます〜」
(スクアーロか、あいつじゃたいした儲けにもならなそうだが。まあ意外と一部で高く売れるかもしれないな)
「フラン、その時はちゃんとボクに声をかけてからにするんだよ」
「マーモン、心の声が漏れてる漏れてる」
「うぃ〜ついでに〜嫌々ですが〜あの堕王子ともっさいヒゲにも仕掛けてみましょうよ〜先輩〜」
「自分でやりなよ」
「え〜ミー一人だと結構めんどくさいんですが〜」
「儲けになるなら考えてやってもいいよ」
もはや本音を隠そうともしないマーモンに、ツナヨシは問いかけた。
「・・・マーモン、もしかしなくてもオレを狙ったのって」
「まあね。幻術の修行に超直感持ちが最適なのはあるけど、キミは色々な方面に受けがよくてね。まあ、ボスの写真も一部には人気なんだけど。さすがにこんなの撮ったら命に関わるというか・・・だからキミがベストなんだよ。じゃまたね、サワダツナヨシ」
「おつかれさまです〜」
呆然と床にへたり込むツナヨシを尻目に、ヴァリアーの策士にして<霧>の幻術使いたちはさっさと立ち去って行った。
「ホント、オレいったい、何しに来たんだ……」
力なく伸ばされた手は、哀愁の響きとともにパタリと床に落ちた。
END.